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マスカテル モーニング

「そうだ、貰ったやつ・・・淹れてみるか」

朝起きてキッチンに立つと昨晩、僕に似ていると言う理由で隣人の近部さんに貰った紅茶の缶が目に入る。好きじゃなければ誰かにあげてくれと言われたが、別に飲まないわけではない。俺のイメージと言われたコーヒーよりは寧ろ、普段飲む日本茶とカテゴリーとしては近いんじゃないか。
そんなことを思いながら缶を開けると、中には小分けのティーバッグが入っていた。リーフタイプと違って茶葉の量を変えて濃さを調整したりは出来ないが、気軽に飲めるのがありがたい。まだ出掛けるまで時間もあるし、どうせなら熱湯を用意してカップも温めておくか。テトラパックになっていたので、少しは中の葉も動くだろう。

「ん。なかなか・・・」

頃合いを見てティーバッグを取り出すと、ふわりと特徴的な甘い香りが広がる。一度目はそのままの味を楽しむためにストレートにしたが、その選択はどうやら正解だったらしい。一口飲むとコクのあるしっかりとした味わいが広がり、クセもなく飲みやすい。特に飲んだ時の渋みは日本茶に通じるものがあって、僕にとっては余計に飲みやすく感じるのかもしれない。渡してくれた時に近部さんが疲労回復にも効果があると言っていたな。彼女の言っていた通り、その深い味わいと香りに自然と気持ちが落ち着くような気がした。

「こっちに帰った時は飲むのもあり、かな」

最後の一口を飲みきった時には身体も温まっていた。想像していたよりも飲みやすく、これならまた飲みたいと思う。自分ではなかなか飲む機会がなかったが、良い出会いをくれた彼女には感謝しないとな。今出ても居ないのはわかっているベランダを一瞥して、椅子から立ち上がる。そろそろ降谷零としての時間は終わりだ。

今日の予定は安室透として夕方までポアロでのアルバイト。そんな「彼」への切り替えも、今日はいつもより上手くいくような気がした。



***



「あれ、安室さんから紅茶の匂いがする気がする」

ポアロに着くなり、もう一人のバイトスタッフである大学生の子が僕の横に並んで首を傾げた。驚いた、まさか気付かれるとは。スンスンと匂いを嗅ぐこの子の嗅覚は犬並みか?と思いつつも、安室透として苦笑するに留めておく。

「あぁ、よくわかりましたね。今朝、出かける前に紅茶を飲んで来たんですよ」
「やっぱり!というか、安室さん紅茶とか飲むんですね!」

どっちかと言うと朝はコーヒーのイメージなのに。
昨晩近部さんに言われたこととほぼ同じことを呟きながらも、自分の予想が当たったことに満足したのか僕から離れてテーブルを拭き始める。そんな後ろ姿に、丁度いい紅茶を頂いたので、と投げかけた。それを聞いてパッと振り返った彼女はニヤニヤとした表情を隠すわけでもなく、また近付いて来る。これは余計な一言を言ってしまったか。数秒後に自分に向けて発されるであろう言葉を想像して、内心大きな溜め息を吐いた。

「もしかして女の人からのプレゼントですか!?」
「なんでもすぐそう言う方向に持っていくのは貴女の悪い癖ですよ」
「酷い!まぁ、安室さん顔だけはいいから貢ぎ物とかあっても驚かないですけどねー」

僕の言葉に少し不貞腐れたような表情を浮かべて、サラリと失礼なことを言う。そんなことないですよ、と苦笑しながら返すとどうやら興味は失われたようでそれ以上の追求は返ってこなかった。
女性からの貢ぎ物、か。確かに女性から貰った物と言う括りで言えば同じかもしれないが、彼女からの貰い物に関してはなんとなくそういった表現は使いたくない、漠然とそう思った。

「あ、そうだ。貰ったならちゃんとお礼した方がいいですよー」

思いついたように投げられる言葉に思わず下準備をしていた手が止まる。お礼、か。そう言えばそれは考えてなかったな。たまたま目についたからとは言え、わざわざ買って来てくれたわけだし、今度なにか渡そう。その時はきっと慌てて、気を遣わなくてもよかったのに!とか言うんだろうな。数回会っただけなのに、そんな近部さんの姿が容易に想像できて、フロアにいる同僚に気付かれないように小さく笑った。

「ありがとうございます。珍しく有益な情報でした」
「あぁもう!やっぱりこの人が良いのって顔だけだ!」




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