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▼ 愛しいあなたに出来ること




「ナマエ!あんた、自分の顔がいまどんなに酷いか分かってる??」

授業が終わった昼休み。大好きな親友の凛ちゃんとお昼ご飯を食べようと思いA組を覗くと、目が合った凛ちゃんが凄い形相でこちらへ向かって歩いてきた。どうしたの、美人な顔が台無しだよ、と言う暇もなく詰め寄られて、思わず後退りする。

「えっと、凛ちゃん……?」
「最近忙しそうなのは分かってたけど、ちゃんと寝てるの?隈、酷いわよ」
「あは、文化祭前でちょっとやること多くて」
「生徒会の仕事のせいってことね。ちょっと会長のところ行ってくる」
「え?!待って、大丈夫だから!」

まずい、このままだと本当に柳洞くんの所に怒鳴り込みに行きそうな勢いだ。いや、凛ちゃんなら本当にやる。目の前の親友と我が生徒会の会長とが犬猿の仲なのは有名な話で、それでなくても文化祭まで忙しい会長にこれ以上厄介事を増やすことは何としても避けなくてはならない。しかもその原因が私と知れたら、絶対に冷ややかな視線を浴びせられること間違いなしだ。凛ちゃんも私のことを心配してくれているのですごく嬉しいけど、ここは穏便に済ませたい。

「今日はゆっくりするから!」
「……本当でしょうね?」
「うん、約束する」
「そう。ナマエがそこまで言うなら……」

私の声に前を歩いていた凛ちゃんが立ち止まる。よかった、これなら生徒会室への突撃も考え直してくれそうだ。そう思って更に念押しすると、小さくため息を付きながらも納得してくれたようで安心した。
笑顔で振り返る彼女の一言を聞くまでは。

「今から私の家に行ってちょうだい」



***



「はぁ……」

あの後の凛ちゃんの行動力はすごかった。彼女の言葉の意図が理解できないまま固まる私を置いて、担任に私が体調不良で早退することを告げると、私と同じクラスの衛宮くんを呼び出して荷物を準備させていた。慌てて衛宮くんを止めようとするも「俺も休んだほうがいいと思ってたんだ」と言われ、見事に撃沈。最終的には凛ちゃんだけでなく、衛宮くんにまで見送られる形で学園をあとにしてきた。

そして現在、私は遠坂邸の大きな扉の前に居る。言われるがままにここまで来たけど、こっそり帰っちゃってもいいかなぁ。いいわけないよね……でもこれ、絶対彼にまで迷惑かけることになるんだろうなぁ。そう独り言を漏らしながら門の前をウロウロしていると、まるで私がここに居るのが分かっているかのように玄関の扉が開く。そして予想通り出迎えてくれたその人の姿を見て、私は諦めてお世話になることを決めたのだった。

「お邪魔します……」
「凛から話は聞いている。ゆっくりするといい」

リビングに通されて、ソファに座るように促される。突然押しかけることになってごめんなさい、と言うと、気にするなと返して彼……アーチャーさんは一度部屋から出ていった。アーチャーさんは凛ちゃんの同居人だ。と言っても本当の人ではなくて、サーヴァントと言って魔術師である凛ちゃんの使い魔的存在らしいのだけれど、普段接する分には普通の人と変わらないので私としてはそんなに気にしていない。凛ちゃんは口うるさいヤツって言っているけど、実際はすごく面倒見が良くて優しい素敵な人だ。

「すまない、ナマエ。あまり準備をする時間が無かったのでこんなものしか出せないが……」

そんなことを考えているとアーチャーさんが戻ってきた。その手の上のトレーにはティーポットと小さなクッキーが乗っていて、流れるような動作でそれらが私の前に並べられる。これだけ出して貰えるなんて、足りないどころか十分過ぎるのでは無いでしょうか。寧ろいつも遊びに来させてもらっている時が豪華すぎるんですよ、なんて思いつつも、ポットからカップに紅茶を注ぐ姿は本当に様になっていて、もう何度も見たことがあるのにまた気付いたら見惚れていた。

「いい匂い……」
「ロイヤルミルクティーには疲労回復の効果もあると言うからね」

そう言ってアーチャーさん渡してくれたカップを受け取って口元に近付けると、同時にふわりと甘い香りが広がる。その香りに誘われるようにして一口飲むと、紅茶とたっぷりのミルクの他に、ほのかな甘さを感じる。あれ、これは……

「あぁ、気付いたかね?」
「はちみつ、ですか?」
「当たりだ」

少し甘いほうがリラックス出来るだろう?
微笑みながら言うアーチャーさんはやっぱりすごく優しくて、ミルクティーを飲みながらちらりと彼の姿を盗み見た。アンティーク調のお洒落な椅子に長い脚を組んで座るアーチャーさんはとても様になっている。ほぅ、と思わず漏れた吐息は温かいミルクティーに気持ちが落ち着いたからか、それとも目の前の彼に見惚れたからか。それはきっと両方なのだろう。

「それにしても、目の隈が酷いな」
「凛ちゃんにも言われました」
「あまり無理はしない方がいい。君は直ぐに無理をすると凛もぼやいていたぞ」
「あはは……善処します」

つい数時間前、凛ちゃんに言われた言葉を思い出して苦笑する。やはり思考とかは主人に似るのだろうか。赤が印象的な二人が並んでいる姿を想像して、思わず口元が緩む。なんだかんだ言って二人は似ていると思うんだけどな。口では色々言いながらも本当はすごく優しいところとか。本人たちに言うと絶対に口を揃えて否定するから内緒だけれど。

「何か失礼なことを考えているような気がするのだが?」
「き、気のせいです!」

私の単純な思考なんてアーチャーさんにはお見通しらしい。慌てて取り繕うようにカップを置いてクッキーを一枚齧ると、呆れたような表情の彼が空になったカップにおかわりを注いでくれる。綺麗な琥珀色の紅茶とミルクが渦を描くようにして混ざり合う様子が面白い。仕上げにスプーン一杯のはちみつを落とせば、先ほどと同じ香りが漂ってきた。

「今度、私にも紅茶の淹れ方を教えてもらえませんか?」
「……それは構わないが」

それは殆ど無意識の発言だった。確かに前々から、いつも美味しい紅茶を淹れてくれる彼のようになりたいとは思っていたけれど。まさかこのタイミングで言ってしまうとは。アーチャーさんからの回答にハッとして口を塞いでももう遅い。どうしようか、と迷っていると不思議そうにこちらを見るアーチャーさんと目が合った。言ってしまったものは仕方ない、ここは覚悟を決めて今まで思ってたことを伝えよう。

「紅茶を、淹れてあげたいなって思う人が居て」
「ふむ。凛かね?」
「凛ちゃんにも淹れてあげたいんですけど、今回は別の人です」
「ほぅ……相手を聞いても?」

まさかあの小僧と言ったりしないだろうな。
あからさまに不機嫌そうになるアーチャーさんに苦笑する。相変わらず衛宮くんとは仲がよろしくないらしい。確かに凛ちゃんにも衛宮くんにもいつかは淹れてあげれたらいいなと思うけれど、最初に飲んで貰いたいのは申し訳ないけどその二人ではないのです。

「目の前の方に」

私の言葉に目を丸くして驚くアーチャーさん。珍しい表情が見れた気がする。これは思い切って言ってよかったかもしれない。

「その気持ちは嬉しいが、私は、」

食事を摂る必要はなくてね。
そう言って自嘲気味に笑うアーチャーさん。サーヴァントと呼ばれる彼らはマスターの魔力で存在を維持して居るという。それは凛ちゃんから聞いて知っていた。それでも。

「でも、摂っちゃだめなわけじゃないんですよね?私はいつもアーチャーさんの淹れてくれる紅茶にすごく癒やされてるし、幸せな気持ちを貰ってるんですよ。今日だってそうです。なので、少しでもそのお返しがしたくて」

だめ、ですか?

そう、今まで思っていたことも合わせて一気に伝える。本当に感謝の気持ちを伝えるだけなら別の方法を考えるという手もあるだろう。大好きなアーチャーさんにいつも私が貰っているものを、同じ方法で返したいと言うのはきっと私のエゴなんだと思う。
でも少し強引すぎたかな……と内心焦っていると、アーチャーさんが溜息を一つ吐いてやれやれと言った表情で肩を竦めた。

「……まずはしっかりと体調を整えること。教えるのはそれからだ」
「!!はい、ありがとございます!」

これはやばい、嬉しすぎる。その一言には今までの疲れが一気に消え去る程の力があるんじゃないかな。なんとか隠そうと思っても表情筋は緩みっぱなしで。そんな私を見てアーチャーさんは、私の指導は甘くないぞ、と不敵に笑った。そんなアーチャーさんの言葉も今の私にとっては何の問題もない。
だって唯でさえ大好きな人のためならどんな辛いことでも頑張れるのに、大好きな人に教われるなんて、これ以上の幸せはないのだから。

そんなことを思いながら飲んだミルクティーは今までで一番甘い味がした。






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