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「おーい!あかーしくーん!」

午前最後の体育が終わって友人と一緒に教室に戻ろうとしてた道中、聞き知った声が聴こえて左右を見回してみる。しかしながら視界の範囲に声の主の姿は無い。と言うことは。

「こっちこっち!」

声と同時に見上げた先、隣の校舎の屋上のフェンス越しに手を振る先輩と目が合った。

「あかーしくんもこれからお昼ご飯ー?」

ここからでは自分の普段の声量では届かないと思い、こくりと一つ頷くと、そんなに間を開けずに一緒に食べないー?と元気な声が降ってくる。今日は特に約束も入ってないしな、と考えて、わかりましたと言う意でまた一つ頷いた。そんな俺に気を良くしたらしい先輩は、大袈裟なほど手を振って待ってると告げ、フェンスの向こうへと姿を消した。

「なぁ赤葦、彼女居たの?」
「居ないよ」
「今のは?!」

一連のやり取りを見ていた友人が興味津々と言ったように話し掛けてくるのに即答すれば、明らかに彼氏彼女の会話じゃね?!と突っ込んでくる。これは躱すより説明した方が早いな。そう踏んだ俺は溜息を一つ吐いて、彼女のことを簡単に説明し始める。

「三年生のミョウジ先輩。バレー部の主将の木兎さんの従兄妹で同じクラスだからそれ繋がりで知り合っただけ」

何一つ嘘偽りない事実。先輩とは部活のことで木兎さんのクラスに頻回に顔を出していたことで顔見知りとなって以来、ああやって俺を見つける度に声を掛けてくれるようになっていた。明るさも元気さも、あの俺を呼ぶ時の独特な間延びした呼び方も木兎さんにそっくりな先輩が唯一似ていないのはその身長だけ。女子の平均身長に遠く及ばないそれを気にしてなのか、彼女はよく購買で売っているいちご牛乳のパックを持っていた。
その時、牛乳を飲むだけでは背は伸びないらしいですよ、とつい口走ってしまい、機嫌を損ねてしまったのは記憶に新しい。その時は、それでも飲まないよりはいいと思いますと付け加えて何とか事なきを得た。

「木兎先輩と付き合ってたりすんのかな」
「従兄妹だよ」
「赤葦知らねぇの?従兄妹だって結婚できるんだぜ」

ドヤ顔をしてこちらを見てくる友人。

「遠目であんまり見えなかったけど可愛い感じだったし、彼氏いたりして。居なかったら赤葦紹介して、」
「しない」

彼女かと聞かれた時よりも速い返事に友人は間抜けそうな顔になって足を止めた。そんな友人を置いて俺は自分の教室へと向かう。教室に戻って弁当を取り屋上へ。彼女の待つその場所へとはやる気持ちがその速度に表れていた。

──従兄妹だって結婚できるんだぜ
そんなこと言われなくても知っている。
今まで俺が心の中で何度不毛な仮定を立ててきたことか。そう、彼女が木兎さんと本当の兄妹であればどんなによかったか──なんて。

屋上へ向かう俺の手には、購買で買ったいちご牛乳が握られていた。

 



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