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▼ 宣戦布告

「ねぇ、ナマエ。まだトビオちゃんのこと好きなの?」

委員会で遅くなった帰り道。後ろから掛かる声に隠すことなく溜息を吐いた。

「もうさ、及川さんにしちゃうとかどう?」
「しません」

おどけたような声の主──我が校バレー部の主将である及川先輩を振り返ることなく即答した私の態度は、彼のファンの子達に見られたら怒られるのかもしれない。でもだって仕方ないよね。私の一番は彼氏である影山飛雄であって、まかり間違っても及川先輩に気移りすることは無いのだから。

「ならさ、かわりにうちのバレー部のマネージャーやって欲しいな」
「やりません」

背中に聞こえた言葉に被せるようにしてもう一度即答する。このやり取りを何度したか分からないほどなのに、及川先輩は私にその言葉を繰り返す。

「それはうちに飛雄が居ないから?」
「そうですね」
「ふーん、健気だね。でも向こうはどうかな?」

いつもなら勧誘を断るところで終わるのに、今日はやけに突っ込んでくる及川先輩の言葉に思わず足が止まる。振り返った先の及川先輩は私の反応なんて気にしないように淡々と続けた。

「毎日毎日バレーのことで頭いっぱいなんじゃない?俺はこれでもお前のマネージャー能力を評価してるんだよ」

評価していると言われたことは正直嬉しかった。普段軽薄そうな先輩だけど、バレーに関してはとても誠実なことを北川第一でマネージャーをしていた私は痛いほど知っているから。だからこそ、私は先輩の勧誘を断り続けている。だって私が選手として一番応援しているのは飛雄で、それは学校が違う今でも変わらなかった。私は絶対に飛雄の敵にはならない。飛雄が『王様』になってしまった時から、私はそう決めている。

「先輩の言葉は嬉しいですけど、」

ごめんなさい。
そう続ける筈だった私の言葉は大きな声呼ばれた自分の名前によって遮られ、聞き慣れたその声の持ち主を振り返ろうとした視界が暖かいぬくもりに覆われる。ボールの感触を損なわない為にいつも丁寧に手入れされているその指が私の目元を隠していた。

「こいつに話し掛けないで貰えますか」

頭上から聴こえる声。視界を覆う手とは反対の手が私の身体を引き寄せて、後ろから抱き締められる形になった。

「この子に話し掛けるのになんで飛雄の許可が居るのさ」
「俺のなんで」

さっきまでの私と同じように即答した飛雄に思わず心臓が跳ねる。取り繕ったりするのが得意じゃない彼だからこそ、その一言が本心からだと分かってなんとも言えない喜びが広がった。

「及川さん。俺はバレーでもあんたを超えるし、ナマエも渡す気は無いです」

そう強く言い切ると同時に私の視界がクリアになる。私が何か言いかける前に飛雄はくるりと向きを変えて、手を取って歩き出した。

「相変わらずなっまいき……!」

次の試合覚えときなよ!!
飛雄に引っ張られるようにして歩く背中越しに聞こえた及川先輩の科白は完全に悪役のそれで思わず笑ってしまいそうだった。

「……及川さんから何言われてたんだ」

暫く歩いて漸く歩調がゆっくりになった飛雄がポツリとそんなことを呟いた。なんのこと?と首を傾げると、立ち止まった飛雄が私を真っ直ぐに見下ろしてくる。

「先輩の言葉は嬉しいって言ってただろ」

あぁ、なるほど。あの時飛雄に遮られたからその続きまで聞こえてなかったんだ。

「及川先輩が私のマネージャー能力は認めてくれるって言ってたから」
「マネージャーやるのか?」

飛雄が眉間に皺を寄せて聞く。それは不機嫌と言うよりはどこか少し不安げに見えて、急いで首を横に振る。

「やらないよ。私はいつでも飛雄の味方だから」
「……おう」

少し照れながら、それでも満足そうに返ってきたそれは短くても私には十分で、電灯のスポットライトに照らされた舞台で私は思わず飛雄に抱きついた。
 




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