bll短編


ハロウィン2023  






「……あ゛?」

 久しぶりに何もない日曜日。今日も自己ベストに近いスコアを出せたことに満足しつつボウリング場から一歩出た俺は、視界に入った存在に思わずそんな声を上げた。

「あ、馬狼くんだ」

 いつものようにその大きな目をパチリと瞬かせて、気の抜けるような声で俺の名前を呼ぶ女。ただの同級生と言って切り捨てるには近く、かと言って友達と呼ぶほど馴れ合っているわけでもない奇妙な関係を続けてもう暫く経つが、その女の格好の意味を考えて頭痛がした。

「テメェその格好……」
「え?なにか変?」

 ホコリでもついてる?さっき飲んでたジュース零れてるかな?
 そう言って着ている服を引っ張ったりして確かめている女の行動に頭痛がする。やめろ、スカートを捲るな。胸元を引っ張るな。横を通り過ぎる男が見てんだろーが。少しは女としての自覚を持て。つーか飲みもんが零れたら気付くだろ、普通。いやこいつは普通じゃねェから気付かなくてもおかしくはないかもしれないが。

「別に埃も汚れもねェよ」
「ほんと?ならよかった」
「よかった、じゃねぇだろ!なんでンなわけわかんねぇ格好してんのかって聞いてんだよ!」
「今日はハロウィンだよ?」
「あ゛ぁ?」

 ハロウィンだぁ?
 ……そういや妹たちが仮装がどうのこうの言ってたな。そういやボウリング場もわけわかんねェ姿のヤツらが彷徨いてた気がしなくも無い。精神統一してその一投に全神経を注いでいた俺には無関係だと思って思考から切り捨てていたから、気に求めていなかったが。

「友達と一緒にここまで歩いてたんだけど、さっき急にお母さんから電話が来てね。急いで帰らないといけなくなっちゃって。だから私も帰ろうかなって思ってたんだ」

 そうしたら馬狼くんが現れたからびっくりしちゃった。
 そう言って馬鹿みてぇにひらひらして、馬鹿みてぇに短いスカートの所謂メイド服とやらを着た女は本当に驚いたのかどうなのかわかんねぇ口調でのほざく。ダチってのはあれだろ、いつも一緒に居るAかBのどっちか。まぁAだろうがBだろうが俺には関係のねェ話。帰るならさっさと帰れや。俺も帰る。そう言い捨てて女に背を向けた。帰ったらまず今日のゲームを思い出しながら良かったところを確認するか。

「ねぇ、一人?可愛いね、一緒に遊ぼーよ」
「私今から帰るとこなんです」

 それから最後の方、集中力が切れてフォームが乱れたところがあったのは頂けねぇ。まだ上を目指せるはずだ。

「えー、まだ早いっしょ!これからが楽しい時間じゃん」
「えっと、私と遊んでも楽しくないと思うので……」

 あとは今日使ったグローブとボールを磨くのも忘れちゃならねぇ。自分で使うものは常に完璧にしておくのが当然――

「まぁいいや!向こうに俺の友達もいるからとりあえず合流して――」
「あ、ちょっと、」

 ウザってぇ。
 さっきから俺の思考を邪魔する声。拾わずにいればいいものの、何故か拾ってしまう耳に俺は自分のことながら嫌気が差しつつ溜息を一つ吐き出した。
 
「さっきからギャーギャーうるせぇな、邪魔なんだよテメェ!」
「は、え……?!」
「さっさと失せろ」

 雑魚が。
 そう言って睨めば簡単に逃げていく男。その横に残された女はその無駄にでかい目を更に丸くして俺の方を見上げている。

「ありがとう、馬狼くん」
「テメェもあんなヤツくらい自分でなんとか出来るようになれ」
「うん、次は頑張るね」

 俺の目を見たままこくりと頷く女に、自分で言っておきながら絶対無理だろうと言う気持ちしか沸いてこない。ハロウィンイベントという名の免罪符を手にして頭のネジを吹っ飛ばしたヤツらが溢れる中、見るからに頭の弱そうな女が一人で男好きのする格好で歩く。ンなもん結果は火を見るより明らかだ。鴨が葱を背負って、七面鳥が感謝祭に投票するようなもの。

「……帰んぞ」
「一緒に帰っていいの?」
「いいからさっさと歩け馬鹿女」
「はぁい」

 歩き出す俺に間延びした声を返して隣に並ぶ女。別にこいつが心配と言うわけじゃねぇ。ただもし何かあったと聞いたら寝覚めが悪いってそれだけの理由。必死に親鳥についてくる雛鳥よろしく足を動かしている女に、歩幅の違いを見せつけられて少しだけ歩く速度を落とす。着いて来れなくてまた変なヤツに捕まったりはぐれられる方がめんどくせぇからな。つーか待てよ、こいつ……

「テメェ、上着は」
「持ってくるの忘れちゃった」
「あ゛ぁ?」

 やっぱり馬鹿だこの女。この時期、今年は少し暖かいとは言え夕方のこの時間はだいぶ冷え込む。にも関わらず、一応長袖とは言え薄っぺらい服に馬鹿みてぇに短いスカート。よく見たら足元も太腿までは靴下があるとは言え、肌が剥き出しの部分もある。風邪引きに来てんのか、この女。足を止めた俺を不思議そうに見上げてくる女に、盛大な舌打ちをして俺は着ていたアウターを押し付ける。

「わ、」
「着とけ」
「え?」
「おら、さっさとしねぇと置いて行くからな」

 俺の言葉にもたもたと上着を羽織る女。俺のサイズのせいで手元は余りまくってるし、足元もだいぶ隠れている。まぁこれならさっきよりはマシだろう。

「馬狼くん」
「なんだ」
「ありがとうございました」

 いろいろ言ってやりてぇことはあるが、女のその一言とへにゃりとした笑顔で今回は許してやるかと言う気持ちになる。やっぱりこの女と居ると調子が狂って仕方がない。このよく分からない感情に抗うため、今日は帰ったらまず最初に精神統一から始めようと決意するのだった。