bll短編


潔世一は諦められない  







「インタビューおつかれ潔!ってあれ?なに見てんのー?」

 ヒーローインタビューを終えてロッカールームに戻る前、思い思いに健闘を称えあっている中で一人観客席を見ていた俺に蜂楽が首を傾げて聞いてくる。

「あ、いや……知り合いが居た気がしたんだけど……」
「ほぅほぅ。どの辺り?」
「でも今見当たらなくて、やっぱ気のせいかも」

 試合後に偶然視界に入った観客席に見知った人物に似た姿を見たけれど、本人かどうか確かめる前にインタビューへと呼ばれてしまった。そしてそれが終わった後で先程の場所を確認してみたものの、やっぱりと言うか見つけることは出来ず終い。この人数の中でたった一人探すのは至難の業で、そもそもここに来ているのかどうかも分からないのだからそれ以前の問題だった。本当に来てくれていたならそんなに嬉しいことはないけれど、それは都合のいい解釈にすぎない。だから俺は見間違いだと自分に言い聞かせて、みんなの後に続いてロッカールームに戻るのだった。
 


 ▽


 
「え?多田ちゃん、今なんて――」
「だから、ミョウジも行ってたんだって。この前の試合」
「マジかよ……」

 きっとあれは俺の願望が見せた幻だと思っていたのに、たった今それが現実だったと聞かされて驚くなという方が無理だと思う。見間違いじゃ、なかったんだ。ってことはつまり俺のゴールも見てたってことだよな?ぶわっと一気に身体が熱くなる。ヤバい、嬉しい。思わずニヤけそうになる口元を慌てて手で隠した。

「潔とミョウジ仲良かったもんなー。一瞬付き合ってんのかと思って焦った時もある!」
「つ、付き合ってねーよ」
「ははっ、知ってるって!」

 お前に告白する勇気はなかったもんな!
 そう言って笑う多田ちゃんに乾いた笑いを浮かべる。ミョウジナマエは派手ではないけれど友達は多く、いつも笑顔で気遣いの出来る明るい子だ。一年の時が同じクラスで割と仲は良い方だったと思う。少なくとも俺は彼女に友人以上の感情を抱いていたのは間違いない。
 
「でもさ、あいつ一年の最後に彼氏出来てなかった?」

 そんな多田ちゃんの言葉にドキリとする。

「バスケ部のやつに告白されてたよな?」
「あー……そう、確か」
「まぁあいつイケメンだし性格もいいって言うから断る理由ねぇもんな」

 知ってる。告白されたのは終業式の前日で場所は放課後の体育館の横。ミョウジはその場で返事をしていない。
 なんでこんなことを知ってるかと言うと、ストーカーとかでは断じてなくて、部活を終えた俺がたまたまその場面に通りかかってしまったから。返事はまた聞かせて!と言って走り去る同級生の背中を見送って、珍しく困ったような笑顔を浮かべたミョウジは立ち去ることも出来ずにその場に棒立ちになっていた俺に問い掛ける。

『……潔くん。私、どうしたらいいかな?』

 嫌だ。だって俺はミョウジのことが――
 内心ではそんなことを思いながら、ただ少し仲のいいクラスメイトだったあの時の俺は精一杯の笑顔を取り繕ってこう返すことしか出来なかった。
 
『いいんじゃないか?あいつ、良い奴だって噂だし……』


 
 ▽


 
『運は降って来てから考えたってもう遅いんだ』

 脳内で聞いたことのある言葉が再生される。確かにそうかもしれない。あの日、ミョウジの問いに返した答え。もしそこで俺にほんの少しの勇気があれば、エゴを少しでも出せていれば何か変わっていたかもしれないその機会を俺は黙って見過ごした。
 
 だけどたった今、奇跡に近い確率で俺の元へと降ってきた偶然に居合わせている。目の前に居るのは帰り道に鉢合わせたミョウジ。それはここで逃したら本当にもう二度と訪れない正真正銘最後のチャンスだった。そしてその偶然を手繰り寄せて運を掴めるかどうかは今からの自分の行動次第。それだけはあの監獄の中でこれでもかと言うほど染み付いていて、あの時体育館の横に居た時の俺と大きく変わっている部分でもあった。
 
 ミョウジは俺の顔を見て、何か言おうと口を開こうとしてやめる。くるりと向きを変えてその場を立ち去ろうとする彼女の腕を俺は咄嗟に掴んでいた。
 
「……試合、見に来てくれてたって聞いた」
「!」
「俺のゴール、見てくれてた?」

 俺の言葉に驚きながらもゆっくりと頷くミョウジ。以前までの俺ならきっとその事実だけでも十分に嬉しかったのかもしれないけれど、今の俺はそれだけじゃ足りないと思ってしまう。

「あのさ。あの時、ミョウジがどうしたらいいって聞いた時。いいんじゃないかって言ったけど、本当はそうじゃなかった」
「……」
「今更こんなこと言っても困らせるだけなのは分かってるんだけど……」
「潔くん待って、」
「ごめん、待てない。勝手なこと言ってるのは分かってるけど、ミョウジが誰かの彼女になるのは嫌だ」

 俺、ミョウジのことが好き。 
 彼女の静止も振り切って思いの丈を一方的にぶつける。彼氏持ち、しかも自分が勧めたと言っても過言ではない相手に対してどの面下げて言うんだってのは百も承知だけど、でもここで言っておかないと本当に後悔すると思った。だけどやっぱり不味かったか……?少し経つと急に頭が冷えてきて一気に落ち着かなくなってくる。いや、全部俺が悪いんだけど。
 何も言わないミョウジに不安しか無くなって来ていると、彼女のその目からポロポロと涙が溢れてくる。ちょっと待って、泣かせた?!

「ごめ……嫌だよな、こんな勝手に……」
「本当に勝手だよ……」
「ごめん」
「今更そんなこと、」
「うん、そう、だよな……本当にごめん。今日のことは忘れて、」

 彼女の言葉が正論すぎて謝るしか出来ない俺がそっと腕を離すと、パシリと彼女の手が俺の手を掴む。驚いて固まる俺に、ミョウジは涙をたくさん溜めたままの瞳で俺を真っ直ぐに射抜いた。

「忘れられるわけないよ」
「ごめん……」
「……あの日、潔くんは私の事なんとも思ってないんだって、だから忘れないとって思ったの」
「え?」

 ミョウジの言っている言葉の意味が分からなくて、我ながら間抜けだなと思うような声が出る。
 
「でもどうしても無理で、あの日試合もこっそり見に行って。そこでサッカーしてる潔くんのこと見て、あぁやっぱり忘れるなんて無理だなって」
「それって……」

 ダメだ。期待するな。勘違いで浮かれると現実が余計に辛くなる。そう、思ったのに。

「私もずっと、潔くんのことが好きだよ」

 そう言ってにこりと、俺が最初に好きになった笑顔でミョウジが微笑む。

「で、でも彼氏……」
「居ないよ。あの後、ちゃんと断ったの」
「マジか……」

 彼女の口から伝えられた事実に一気に身体から力が抜ける気がした。つーか元はと言えば多田ちゃんの誤情報……部活で忙しかったとは言え、あんなことの後にクラスも別れて気まずさから意図的に彼女の情報をシャットアウトしていた自分のことは棚に上げて責任転嫁する。

「というわけで、私に今恋人は居ません。だからもしよければ、」
「待って」

 ミョウジが言いかけた言葉の後に続くのがなんなのかは今までそっち方面の経験値がないような俺でも流石に分かって静止する。あれだけ余裕がなくてカッコ悪いところを見せたんだから今更だとは思うけど、やっぱり俺の方から伝えたかった。

「好きです。俺の彼女になってくれませんか?」
 
  





  
「って感じでナマエちゃんを略奪してきたわけだ」
「さすがのエゴイストだよな」
「ねぇ、お前らほんとに俺の話聞いてた……?略奪はしてないから!」

 ケラケラと笑う蜂楽と酒を煽りながら尤もらしく適当な相槌を打つ千切。久しぶりに集まった面子にナマエとの馴れ初めを聞かれ話した内容は、大事な部分が捻じ曲がって伝わっている。目の前にいるのが、あの時のメンバー内で人の話を聞かないランキングがあれば確実に上位にランクインする二人だと言うことをたった今思い出した。

「でもさぁ、あの時の潔はナマエちゃんに彼氏が居ると思ってたけど告ったんでしょ?」
「それは、まぁ……そう、だけど」
「てことは彼氏居ても奪う気満々だったってことじゃん!ねー千切りん、俺間違ってる?」
「いや全く?」
 
 あざとく首を傾げながら千切へ同意を求める蜂楽とそれに同意する千切の息はぴったりで、珍しく論理的な蜂楽の言葉に俺はぐうの音も出なかった。まぁでも確かに、彼氏が居ても俺を見て欲しいとは思ってたしな……結果的になってないだけで、そうしようとは思ってたってことになるか……改めてそう考えると、なんだか無性に悪いことをした気がして凹みそうになる。

「まぁ俺たちはゴール決めるためにボール奪うのなんて日常茶飯事だし」
「そーそー!味方とでも奪い合うんだから!」
「それフォローになってる?」
「さぁ?」
「にゃはは、まぁいーじゃん!潔が幸せで、ナマエちゃんのことをちょー大好きなの知ってるし!」
「お、おう。ありがとう……?」

 蜂楽のフォローに少し引っかかるところがあって、思わず疑問形になる答え。俺がナマエのことを大切に思っていて大好きなことも、一緒に居れることで幸せなのも間違っては無いけれど、それを表立って言ったことはあまりない気がしたからだ。言葉にすると照れると言うか、気恥しいと言うか。もしかして俺って分かりやすい……?言わなくても分かるってことなのか?それはそれで恥ずかしいような……なんて思っていれば「ありゃ?覚えてない?」と蜂楽がその大きな目をぱちりと瞬かせる。覚えてない……?その言葉に嫌な汗が背中を伝う。

「この前集まった時、酔った潔が散々ナマエちゃんへの愛を語ってたからね〜」

 そしてその予感は現実のものとなった。
 
「……はい?」
「やっぱ覚えてなかったかー。まぁあの時の潔べろんべろんだったもんねぇ」
「ちょっと待って、あの時……え?俺気付いたら家に居て、」
「あれ運んだの俺だから。感謝しろよな」
「あ、うん。ごめん、ありがとう」
「まぁホントは馬狼だけど」
「げ……」

 この前飲んだ時は久しぶりのオフでメンバーも多くて、なんやかんや楽しく酒が進んだ結果、気付いたら自宅のベッドの上だった。ナマエに、あんまり飲みすぎちゃダメだよ、と言われて反省したのを覚えてるけど、あの場で何を言ったのかは全くもって記憶にない。

「……他になんか言ってた?」
「んー、『この前、ナマエが着てたドレスがめちゃ可愛かったんだけど、誰にも見せたくねー』とか他にはねー、」
「っ〜〜わかった!もう大丈夫デス……」
「そ?」

 はは、と乾いた笑いしか浮かばない。酒は飲んでも飲まれるな。その言葉を今日ほど痛感したことは無かった。

「ま、つーわけで結婚式の出し物は楽しみにしとけよ」
「俺たちすっごいの考えるからさ!」

 そう笑う二人に、今日集まった目的を思い出す。次のオフに予定している俺とナマエの結婚式で余興をお願いしたい。そう頼んだのはいいけれど、俺の選択は本当にこれで良かった……?氷織とか黒名に頼むべきだったんじゃないか?今更ながらにそんな疑問を持ちながら、目の前でニコニコしている蜂楽とニヤニヤしている千切を見つめるのだった。