bll短編


馬狼照英とほっとけない女  




「お誕生日おめでとう、馬狼くん」

 そんな言葉と共に白い箱を俺へと押し付けた女は、俺の返答を待つことなく「じゃあまたね」と背中を向ける。数日前、急に「馬狼くんの好きな物ってプリンだったよね?美味しいお店ある?」とかなんとか言ってきた理由はこれかと思うが速いか、そいつの触れただけで壊れるんじゃねぇかと思うような肩を思わず掴んでいた。 

「どうしたの?」
「てめぇ……これいくつ買ってきた」

 俺の誕生日に俺が好きだと言うプリンを渡してきた。
 そこまでは分かる。だが、今日は平日で今は昼休み。教えたのは行きつけの店で、今まで何度も食って来たから分かる。これは一つや二つの重さじゃねぇ。
 そしてそんな俺の質問に、女は不思議そうに首を傾げたかと思うといけしゃあしゃあと言ってのけるのだった。
 
「え?六個入りだけど?」






 
「やっぱり馬狼くんのオススメは間違いないね」

 そう言って目が無くなってんじゃねぇかと思うくらいに腑抜けた顔でプリンを頬張る女。俺はそんな女を横目に自分の手元にある同じものを口へと運ぶ。固さ、食感、甘さとカラメルの苦さ。全てが最高のバランスでまとまっているそれは、俺が贔屓にしている店のものだった。これで紅茶でもありゃあ最高なんだが贅沢は言ってられない。とりあえず、目の前の箱に残る三つを残りの休憩時間に食べきらねぇとなんねぇ。

「俺が贔屓にしてんだから当たり前だろうが。つーか、あと一つは責任もって食えよ」
「はーい。でも馬狼くんのお誕生日なのに私の方が文字通り美味しい思いしちゃってるね」
「なら数考えろ」
「男の子だしスポーツやってるからたくさん食べるかなって思ったんだけど」
「俺は味わって食べる派なんだよ」

 つーか常識的に考えて六つも一気に食う馬鹿いねぇだろ。
 そう言う俺の言葉すら「そっかぁ」と受け流しながら二つ目の容器を手に取る女。
 そんな女と出会ったのは一年の秋。たまたま部活帰りに通り掛かった花壇で、女は一人で作業をしていた。普段ならただの園芸部の活動だろうと、気にもとめずにそのまま立ち去るレベルのありふれた風景。ただ、その女の動作があまりにも非効率的で見ていられなかった。その花を植えるなら先に全部穴を掘っておけばいいだろう。なんで一つ運んで来ては掘って埋めてを繰り返してんだ。しかも全然等間隔じゃねぇ。手前はスペース空きすぎだし、そこの花は近過ぎて当たってんだろーが。つーか、そもそもこんな時間でなんで女一人でやってんだ。他の部員はどうした。そんなことを考えている内に、気付いた時には俺はその女から花の苗を奪い取っていた。驚いたように目を丸くして俺を見る女を無視して、穴を掘る。ついでにもう植えてある部分も等間隔に直してやった。この女のためじゃねぇ、俺が通りかかる度に気になって気持ちが悪くなるのが嫌だったからだ。

「すごい綺麗!ありがとう、えっと……貴方もお花好きなの?」
 
 一通りの作業を終えた後、そう言ってのけた女。そしてその時からこの、天然で作業効率の悪い女との奇妙な関係は続いている。







「おいひぃ」
「スプーンを口にくわえたままにすんじゃねぇ」
「ひゃってふぉくとこ」
「そのまま喋んな!行儀わりぃだろーが!」
「んー、はーい」
「ったく……そう言えばテメェ、自分の昼飯はどーした」

 溜息を吐いた後、ふと思い出す。俺がこいつに会ったのは購買帰りの渡り廊下。そこから中庭のベンチで一緒に食うことになり、俺は買った飯を持ってたがこいつは……?嫌な予感がする。そしてこいつとの今までの経験上、たぶんそれが外れねぇことも想像が出来た。

「あ、そう言えば買うの忘れてた」

 でも馬狼くんのプリン忘れなかったから大丈夫だよ。
 そう、本当になんでもないと言うように言い切る女に思わず持っていた容器がミシリと音を立てる。プリンじゃ栄養になんねぇだろーが!帰るまでに空腹で倒れたらどーすんだ。普段なら即座にこんな言葉を浴びせていたと思う。だが、今日だけは理由が理由だからすんでのところでぐっと我慢した。

「……これ食ったら購買行くぞ」
「え?でももう食べる時間ないよ」
「五限と六限の間でもいいし、放課後でもいいからなんか腹入れとけ」

 どーせ放課後はまた花壇の手入れすんだろーが。
 そう言う俺に女はその大きな目をパチリと瞬かせた後、あいつが手入れしている花のように笑うのだった。 







「馬狼、誕生日だったらしいじゃん。これ、私たちから」

 どーぞ!
 翌日。最後の授業を終えて教室から出たところを呼び止められたかと思うと、眼前にコンビニのものらしき白いビニール袋が突きつけられた。あぁ?といつものように低い唸り声のような声が出たのに、目の前の女は勿論、その隣に居るやつらも全く怯むことなく話を続けてくるんだから、類は友を呼ぶってやつかと思わず舌打ちをした。

「てめぇらに貰う義理はねぇ」
「アンタに無くても私たちにはあるんだって。いつもナマエがお世話になってるからそのお礼も込めて?」
「そうそう、ホントは菓子折り持ってく?って話も出たけど流石にそこまでの余裕はなかった」
「別に世話してるつもりはねぇ。つーか俺に押し付けんな」

 勝手なこと言ってんじゃねぇ。
 そう凄んでみても、やっぱり動じていない。それどころか「アンタが要らないならこれ捨てちゃうけどいいの?」「勿体ないよ?」なんて女の友人Aと友人Bは逆に俺を脅してくる始末。たかが女三人、無視して通り抜けることは造作もないが、ぶら下げられている袋から透けて見える量産型のプリンと紅茶に罪はねぇ。再び盛大に舌打ちをして袋をぶんどると、友人AとBは満足そうに笑った。

「ナマエさ、こんな感じじゃん?だから結構人に面倒ごと押し付けられたり、変な男に言い寄られたりしててさー」
「昔はよくストーカーとか居たもんね」
「被害妄想MAXなやつとかね」
「あれはマジで警察行く寸前だった」
「あ゛ぁ?!」

 んな面倒なことに巻き込まれやがってたのか、と言う意味を込もってつい語気が強くなる。先程まで友人AとBの横で間抜け面を晒していた女は、人も殺せるとまで言われたある俺の視線を受けてもただその馬鹿みたいに丸い目を何度か瞬かせるだけ。

「……居たっけ?」
「てめぇ……」
 
 思わずその何も考えていなさそうな頭をぶん殴りたくなった。
 ストーカーやら警察やら物騒なワードが出るのに本人にはその自覚が全くねぇ。普段のこいつを見ていると、確かに飼い慣らされた家畜の草食動物よろしく危機感なんてまるで感じさせないとは思っていたが、まさかここまでとはな。その辺の小学生のガキの方がよっぽどしっかりしてるんじゃねぇのか。頭痛がしてくるのを感じて、ふつふつと湧いてくるやり場のない怒りを目を閉じて深呼吸をすることで落ち着かせる。こんなことで動じるな。支配者たるもの己のメンタルコントロールすら出来なくてどうする。深い呼吸の後、どうにか落ち着いて目を開けると不思議そうに眺める女の姿。てめぇのせいだろうが!!と怒鳴り散らさない俺の成熟したメンタルを崇めやがれ。
 
「とまぁこんな感じだからさ」
「アンタと仲良いってのが広がってくると、そう言う変なやつも減ってんだよね」

 実際最近はそう言うの無いし。
 ねー、と顔を見合せて話す友人AとB。人を勝手に世話係にしてんじゃねぇよ。

「だからこれからも仲良くしてやってよ」
「羊を守る番犬ってことで。犬じゃなくて狼だけど」
「ふざけんな、狼は食う側だろーが」 
「えっ、もしかして?」
「ぶっ殺すぞ!」
「あはは、ジョーダンだって!」
「クソが!」

 ケラケラと笑う女どもを一喝して、てめぇのツレをどうにかしろと伝えると、女は少し逡巡したのち盛大に見当違いのことを言い放った。

「馬狼くんは私が話すと迷惑?」

 確かにこいつは天然で、何考えてんのかわかんねぇし、効率のいい仕事はできねぇくせに人から物事を押し付けられても断らねぇし、警戒心は皆無。話をしているとその緩い思考に頭痛がしてくることはあるし、ぶん殴りたくもなるし、怒鳴りそうになることはある。けれど、それが迷惑かと言われると、それを肯定する言葉が俺の口から出てこなかった。
 心配とか、んな生ぬるい感情は生憎持ち合わせてはいない。それでもこうして知った女が面倒事に巻き込まれて、あまつさえ何かあったとなるの夢見が悪い。そうだ、これはこの女のためなんかじゃなく、俺自身のメンタルを安定させるため。こいつとの付き合いをメンタルトレーニングの一環と言うことにすればいい。

「……特別なにかするわけじゃねぇからな」

 暇で暇で仕方ねぇ時くらいなら話くらいは聞いてやる。
 そう言った俺に、目の前の女と友人ABはそれぞれ笑みを浮かべる。その中でも女の表情だけは、やっぱり違って見えるのだった。