bll短編


凪誠士郎が煽られる  





「……」

 スマホから少し視線をあげると、ベッドの端で体育座りをしている女の子が目に入る。一緒に過ごしてきた時間は年齢と同じくらい。だから一緒に寝るなんて昔はよくあったし、お互いに寝顔を見られることだって何を今更と言うレベル。だけど一つだけ違うのは、俺たちの関係が世間一般的に恋人と呼ばれるものになったと言うこと。

「な、なに?!」
「べつに?俺なにも言ってないじゃん。そっちこそなに」
「別になにも!」

 そんなあからさまに警戒してますみたいな態度で言われてもなんの説得力もない。キャンキャン吠える子犬みたいだなって思ったけど、それは別に今に始まったことじゃないか。なんてことを考えていれば、スマホの画面に表示されるミッションクリアのアルファベット。時計を見るといい時間になっていて、それを確認すると自然に欠伸が出てくる。

「ふぁ……ねー、そろそろ寝よ」
「……」
「寝ないの?」
「ね、寝る!」

 のそりと背もたれにしていたベッドへ上がると、元々端に居たにも関わらず更に壁へと身を寄せる姿。小さいのにさらに小さくなるつもりなの。そんな言葉を投げかけるつもりだったけど、やめた。握り締めた指先が白くなっているのに気付いてしまったから。 

「きんちょーしてる?」
「し、してないっ」
「うそつき」

 だってここはほら、こんなにも煩いのに。
 そう言って彼女の小さな体を抱き寄せてその左胸に耳を当てるといつもよりもだいぶ早いテンポが耳を打つ。

「素直になりなよ」
「っ……」

 あーあ、耳まで真っ赤にしちゃって。手で覆った顔を背けてはいるけど、逆効果だって分かってるのかな。もしかしてわざと?いや、ホントに分かってないんだろうな。頭は良い癖に、こういうところがあるから危なっかしいと思う。

「一応聞くけどさ、俺以外にそんな顔見せてないよね?」
「せ、誠士郎意外とこんなことしないっ」
「あ。いまのやばい」
「へ??」

 恥ずかしがりながのそのセリフは反則でしょ。そんなの煽るだけの材料にしかならない。俺だってこんなに緊張してる子相手になにかするのもなって思ってたから、今日は普通に寝るだけにしようって思ってたんだけど。やっぱ無理。

「んっ、ぅ」

 困惑したような表情で見つめる彼女の顎を掬って口付ける。あー、柔らかいしあったかい。突然のことに驚いて上手く息が出来ていないのか、酸素を求めて口が開いた隙を見逃さず深いものに変えていくと徐々に強ばっていた身体から力が抜けていくのがわかる。クッションを握っていた指先はいつの間にか俺のシャツを握りしめていて、対象が自分に変わったと言うだけで悪くない気分になった。

「っは、せいし、ろ」
「んー」
「くるし……」

 ペシペシと胸を叩かれ、名残惜しいと思いながらも唇を離すと俺たちの間に銀色の糸が引かれてぷつりと切れる。あーあ、もったいない。俺の胸にくたりと預けて来た彼女の頭を撫でながら脳内ではそんなことを考えていた。と言うかもう緊張してないのかな。くっついて来てるってことはそういう認識でいいと思うんだけど。

「誠士郎、あのね」

 息を落ち着かせた彼女が見上げる形で名前を呼ぶ。必然的に上目遣いになるから、先程までの熱がまた身体中に広がる気がした。つーか、今更ダメって言われても止まれる気がしないんだけど。いや流石に泣かれたりするのは嫌だから本当に拒否られるなら仕方ないけどさ。

「ゆっくりが……いい」

 囁かれた言葉はとても小さく聞こえるか聞こえないかの声量だったのに、やけに鮮明に脳内へと届いた。思わず反応が遅れた俺をおずおすと見上げて、だめ?と小首を傾げる姿は最早俺を試しているんじゃないかと錯覚するほどで。

「イエス、ボス」

 希望通りにゆっくりと、味わうように落とした二度目の口付けは花の蜜のように甘く思考を溶かしていった。