エクリュと輪舞曲を


8  






「おかえり、凛」
1年半前。あの浜辺で会った時には言えなかった言葉を今度はしっかりと紡ぎ出す。

「ただいま、名前」

少し照れたように凛が笑う。
二人の間に流れるのはとても穏やかな再会の時間。
……の筈だったのに。

「凛、拗ねないで?」
「拗ねてねえ」
「もう……」

空港での再会の後、私と凛は近くの浜辺にあった石段に座っていた。私の横に座る凛は膝に肘をつき、その上に乗せた顔は私と反対の方向へ向いている。言葉では否定したけれどその態度が全てを表しているのに本人は気付いているのだろうか。
――なんてどこかでしたようなやり取りに私は思わず苦笑いするしかなかった。

「……お前が真琴と二人で居るからだろ」
「ええ……だってハルくんを迎えに行くって言うから、それなら一緒にって」

そう。私の隣に居るマコくんを見つけた凛は、それが気に入らなかったようで先程からご機嫌斜めらしい。凛の思考に驚いたものの、凛にそんな思いをさせてしまった私にも非があったような気がしてくる。

「凛、ごめんね」
「……お前と一緒に居る真琴見て、すげえ妬いた」

それでなくてもお前と距離近けえ宗介が居るのに。
ぐっとキャップを深く被り直しながら呟かれた言葉に、不可抗力とは言えそんな状況になったのは自分のせいなのに嬉しくなって口元が緩む。
あの時はそれから色々あって言葉のキャッチボールが続かなくなって悩んだけれど、それもいつかきっと懐かしい話と笑える日が来るはずだ。

「凛」
名前を呼んでもまだ拗ねているようで、反応はない。それでもそんな所も可愛いと思ってしまう。

「凛」
「んだよ……っ!」

もう一度呼ぶと、渋々と言うようにこちらへ振り返る凛を思い切り抱き締める。

「凛、大好きだよ。弟じゃなくて一人の男の人として」

これが私の答えです。
そう伝えるが早いか、勢いよく私の腕から凛が抜け出したと思ったら今度は強く、凛に抱き締められていた。

「やっべ、すげえ嬉しい……あー、もうこれ、夢じゃねえよな……?」
「ふふ、夢じゃないと思うよ?」
「好き、名前。好きだ……」
「うん。私も」

ぎゅうぎゅうと抱き締められているのに息苦しいと思うより幸せと感じるのは、きっと凛と同じ気持ちを共有できているのが幸せすぎてそれ以外考えられないからだろう。

「なぁ名前……俺やっぱりシドニーへ行くことにしたんだ」
「うん。凛ならそうすると思ってた」
「あと半年もしたら遠距離になっちまうけど……」

抱きしめる力が更に強まって、凛の声のトーンが少し下がる。きっと優しい凛だから、私のことを色々考えてくれているのだろう。正直、凛がシドニーへ行くと言うのはわかっていた。その上で私は凛に思いを伝えたのだから心配なんてしなくていいのに。

「大丈夫だよ、今度は連絡……くれるんでしょう?」
「っ……する! ぜってえするから!」
「ふふ、なら心配いらないね。だから凛は、夢に向かって思う存分やってきて?」
「……わかった」

私の言葉に納得したのか、少し凛の声のトーンが戻る。でもこれじゃだめなんだ。これだけだと、凛はきっと頑張りすぎてしまうから。

「でもね、凛。しんどかったらいつでも辛いって言っていいんだよ。時には息抜きも必要なんだからね。その時は私、絶対に凛の傍に居るから」
「名前……」

私の言葉に凛の両目には溢れんばかりの涙。相変わらず泣き虫な所は変わってないね。
快活で、ロマンチストで、それでいてちょっぴり泣き虫な赤髪の彼。
その全てが愛おしい。
だって……

「私、凛の彼女だもん」


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