エクリュと輪舞曲を


1  





「御子柴くん、凄かったね」
「あの人化け物だろ……」

春が近くなったとは言え、まだコートにマフラーが手放せないこの時期。鮫柄学園で開催された御子柴くんの追い出し会を終えた私は、凛に送って貰う形で夕陽に染まる道を歩いていた。

「次は凛が部長になるんだね」
「……俺に部長なんて」
「大丈夫。凛ならきっと最高のチームを作れるよ」

凛は元々、面倒見の良い性格だ。少し前までは少し荒れていたけれど、落ち着いた今ならきっと新しい水泳部もまとめていけると思う。「お前に任せたいんだ」と笑った御子柴くんの言葉の真意も凛に届いているだろう。
だから、大丈夫。
もう一度ゆっくりそう言うと、凛は強ばっていた表情を崩して笑ってくれた。

「なんか名前に言われたらホントにやれるような気がする」        
「ふふ、それはよかった。頑張ってね、部長さん」
「おう。でも部長ってなんかむず痒いな………」

照れたように顔を背ける凛の耳が少し赤くて思わず笑みがこぼれる。
そう言えば夏也くんは元気にしているんだろうか。親友に聞いたら何やら海外を転々としているようだけど。私の中で部長と言えば、卒業してから何年経ってもきっと夏也くんのままだ。帰ったら久しぶりにメッセージでも送ってみようかな。

「そういや、それ付けてくれてるんだな」

話題を変えるように凛が私の髪を指差して言う。あ、気付いてくれてたんだ。今日の私の髪を留めているのは凛がプレゼントしてくれたバレッタ。その赤色はまるで凛の髪のようで、綺麗なデザインも相まって私のお気に入りになっていた。

「似合ってる」
「ふふ、ありがとう」

そんなことを言っていると、気付けば既に家の前。

「今日は呼んでくれてありがとう。わざわざ送って貰っちゃってごめんね」
「気にすんな。俺がそうしたかっただけだし。じゃあな、名前。また連絡する」
「うん、またね。おやすみ、凛」

帰りはランニングで戻るらしい凛に手を振って、その姿が見えなくなるまで見送った。
凛に告白されてから約半年。あれから特に何があった訳では無いけれど、凛は再会した時以上に過保護になった気がする。鮫柄との合同練習に顔を出せば、こうやってかならず送り届けてくれるし、大会を応援に行けば「ちゃんと帰れたか?」と連絡が来る。他にも雷が鳴れば落ち着くまで電話を掛けてくれたりと、申し訳なくなるくらいなのだけれど、それを言うと「俺がやりたいだけだから」と先程のように返されるばかり。
それでも、少しずつそれが嬉しくなっている自分が居るような気がして、薄らと火照る顔を隠すように家へ駆け込んだ。







「それでね、凛が部長に選ばれたんだよ」
『そうか、見てみたいなあいつの部長姿も』
「結構似合うと思うんだけどな」

その夜、恒例となっている宗介との電話の話題は凛についてだった。凛が帰国した当初は本人が伝えているかどうか分からなくて話題には出してなかったけれど、どうやら江ちゃんが連絡していたようで、宗介から凛の話が出てからは話題に上がっている。

「そう言えば宗介、この春休みは帰って来なかったんだね」
『ちょっと忙しくてタイミング逃した』
「かずくんも心配してたよ」

宗介の従兄弟のかずくんは私にとっても兄のような存在だ。この前、宗介が帰って来ないと言っていたのを思い出す。私も毎日電話はしていたけれど、会えないとわかるとやはり寂しさは感じていた。

『そうか。お前は?』
「私? もちろん心配してるし寂しいに決まって……」

ピンポーン

「あ、ごめん。誰か来たみたい。今日お母さん達居ないから見てくるね」
『おう』

宗介との話を遮るように家のチャイムが鳴る。こんな時間に誰だろう? 


「はーい、どちらさ、ま……」
「よぉ」  
「……え?」
「お前な、こんな時間に誰か確かめる前にドア開けてんじゃねえ」

気をつけろっていつも言ってるだろ。
先程まで電話越しに聞いていた声が目の前で聞こえる。少し垂れた目で呆れ気味に私を見る姿には懐かしさも覚える程だ。でも待って。
なんで、彼がここにいる?

「そ、すけ……?」

驚きすぎて状況の理解が追いついていない私に、眼前の彼が面白そうに口角を上げる。
東京にいるはずの、電話で話していたばかりの。
冷静で、ストイックで、それでいて実はすごく優しい翡翠の瞳を持つ彼。
山崎宗介が、そこに居た


prev / next