クラレットに口付けを


8  






「名前、あの時は悪かった」

地方大会が終わって地元に戻った数日後。
鮫柄と岩鳶の合同練習前の早朝に、私はまた凛と一緒に浜辺の石段に座っていた。

「ううん、私こそごめんね」
「あの時背中ぶつけてただろ……大丈夫だったか?」
「うん、平気。心配してくれてありがとね」

申し訳なさそうに言う凛に、そう言えばそんなこともあったなと思い出す。別にあの後痛みが出た訳でもないし、正直言われるまで忘れていたくらいだ。それだけお互い必死だったんだね。それもきっと、もう少し経てば笑い話になるかもしれない。

「俺の夢、決まったから伝えとこうと思って」

そんなことを考えていたら、凛が海を見ながらそう呟く。

「オリンピックに出る」
「それは……お父さんの夢?」
「いや、俺の夢だ」
「そっか。うん、凛ならきっと大丈夫だよ。応援してる」
「おう」

そうやって笑う凛の表情は輝いている。それは目の前で朝日を反射する海と同じくらい眩しくて思わず目を細めた。自分の夢と決まった今、凛ならきっと自分の力で叶えることが出来ると思う。根拠はないけれど、そう断言出来る自信があった。

「それと……」

凛が海から私の方へ視線を移す。なんだろうと思って首を傾げると、凛は一度深呼吸して私を真っ直ぐ見つめた。あまりにもその表情が真剣で、思わずその赤紫色の瞳に吸い込まれるんじゃないかと錯覚する。

「俺、お前のこと好きだ。小学校の頃からずっと」

凛の言葉に一瞬、私の世界が止まった。そして同時に、地方大会での出来事が一気に想起され唇に熱が集まってくるのがわかる。
好き……?凛が、私のことを……?

「え……あの、私、」
「いい。お前が今の俺をどんな風に思ってるのかはこの前のでわかってる」

戸惑う私に、凛は笑って大丈夫だと言う。そっか、よかった。それならこのままの関係で……なんてその言葉に安心したのも束の間。

「でも、諦めるつもりねえから。いつか弟みたいだなんて言えなくしてやるよ」

だから覚悟しとけよ?
ニヤリと特徴的な歯を見せて笑う凛の言葉で、朝日を浴びてるからなんて言い訳が聞かないくらい私の顔はきっと真っ赤だ。

「うし、練習行くか!」
「凛……!!」

満足そうに笑って凛が石段を昇るのを慌てて追いかける。

夏は終わりに近付いているけれど、私の毎日はまだまだ熱くなりそうで。
振り返った先でキラキラと輝く水平線を見て、そんなことを考えた。


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