千紫万紅


ハロウィン2023  






「あ、見て見て凛くん!ハロウィンの飾りがたくさん!」

 いつものようにノートを貸した日の放課後。気にしなくていいよと言う私の言葉を視線で一蹴した凛くんは今日もまたコンビニでジュースを奢ってくれるらしい。そんな理由で彼の横をてくてくと歩いている私の視界に飛び込んできたかぼちゃやお化けの装飾品に思わず声が弾む。
 ハロウィンと言うイベントが日本に広まってまだそんなに長い年月は経っていないけれど、日本人はこう言ったことが大好きだからすぐに乗っかるんだよね。もちろん私もその一人なんだけど。

「あんな怖くもねぇカボチャなんか見て何が楽しいっつーんだ」

 でも凛くんはそうではないらしい。まぁわかってたことだけどね。凛くんがカボチャやお化けを見て目をキラキラさせてたらそっちの方が怖い。あれ、でも小学校の頃はどうだっけ。昔はそれなりに無邪気だった気もするけど、小学生は大概そんなものだよね。そもそもここまでずっと同じクラスとは言え、彼がサッカーの大会とかで休む日のノート係に指名されるまではそんなに話すこともなかったんだからいくら記憶を辿ってみてもそんな場面が浮かぶわけがない。そう言えばクリスマスとかも気にしなさそうだなぁ。思わずじっと凛くんを見上げてしまっていた私に凛くんが「なんかあんのか」と言ってくる。
 
「凛くんってクリスマスとかも楽しみじゃない?」
「ねぇな」
「私はクリスマスって文字を見るだけでテンション上がるのに!」
「ガキだな」
「まだ子どもでいいんですー」

 私の言葉に凛くんが心底冷めた視線を送ってきたけど気にしない。気を取り直してハロウィン仕様になっているモニュメントにスマホのカメラを向ければ、後ろに居る凛くんから溜め息が漏れる音がした。

「全然怖くねぇ」
「あのね、こんな街中のハロウィンオブジェが血塗れだったら子ども泣いちゃうよ」
「ぬりぃな」
「それは凛くんがホラー映画好きだからそう思うだけ!」
「普通だろ」
「普通ではないと思う」
 
 そもそもホラー映画を一人で見れるってすごいよね。どこがだ。私も頑張れば見れないことはないけど夜寝る時とかに思い出して寝れなくなるもん。ハッ、ビビりすぎだろ。

 そんなことを言いながら写真を撮ることに満足した私はまた凛くんと共にコンビニを目指して歩き出す。そして程なくしてついたコンビニの店内、凛くんが慣れた手つきで私の好きなパックジュースを手に取っている背中を眺めていると、横の棚にあるものが目に止まった。それを手に取った私は急いでレジへと向かって凛くんが会計を済ます前に外へと出る。

「ノートの礼だ」
「いつもありがとう凛くん」

 こういうところ、律儀なんだよね。凛くんから渡されるパックジュースをありがたく頂いて、コンビニの近くにある堤防に座ってパックにストローを刺す。ちらりと横を見る凛くんはこれまたいつも通りのアイスクリームを齧っている。彼からしたら借りは作らないって感じなんだろうなぁと思いつつも、こうしてのんびりと話す時間が嫌いではなかったので、気にしないでいいよと言いつつも本気で拒否をしない私はずるいなぁと自嘲した。
 波の音を聞きながら、私の他愛もない話に適当に相槌を打ったりスルーしたりする凛くん。食べ終わるのは凛くんの方が圧倒的に早いけど、私を置いて帰ることは一度もなくて、そんな所が優しいんだと言うことを同級生は知らないんだろうなぁと感じる少しばかりの優越感。だからと言ってこの時期は日が暮れるのも早いし、私の勝手な都合で凛くんを長く拘束するわけにはいかないのでいつまでも飲みきらないという選択肢は無い。たまに、本当にたまに話に夢中になって飲み忘れていたことはあるけれど、わざとではない……はずだ。たぶん。きっと。


 



   
「凛くん、凛くん」
「なんだよ」
「手出して!」
「あ?」

 私と凛くんの自宅へ続く別れ道。私の言葉に怪訝そうな顔をしつつも手を差し出してくれる凛くんはきっと根が素直なんだろうな。そんな凛くんの手のひらに一つのチョコレートを乗せると、彼は驚いたように一瞬だけど少し目を丸くした。

「ハッピーハロウィン!」

 また明日ね!
 そう言って帰ろうとすると、おい、と声がして呼び止められる。なんだろうと首を傾げていると、先程の私よろしく「手出せ」との言葉。なんだろうと思いつつ大人しく手を差し出すと鞄の中に手を突っ込んだ凛くんが私の手の上にバラバラと何かを乗せる。片手に収まるものではなくて慌てて両手で受け止めたそれをまじまじと見ると、それはどうやら個包装された飴らしい。

「凛くんこれ……!」
「Enjoy a lot of candy and have a creepy night.」
「?!」

 流暢に告げられた英語に驚いている私を見て、満足そうに笑った凛くんはそれ以上は何も言うことなく歩いて行く。慌ててその背中にもう一度お礼を投げる私に凛くんが振り返ることはない。
 帰った後に凛くんのあの言葉がハロウィンに使われるフレーズであることを知った私は、カボチャやお化けのデザインされた飴たちを眺めながら、これは勿体なくて食べられないなと口元を緩めるのだった。
 


 


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