千紫万紅


フリージア  




 日曜日の昼下がり、ちょっとコンビニまでおやつでも買いに行こうと思っただけなのになんでこんな窮地に陥っているんだろう。誰でもいいから助けて欲しい。内心そう強く祈りながら目の前でニコニコと微笑む老夫婦に曖昧な笑顔を返す。
 悪い人たちじゃない。身なりも綺麗なおじいさんの手にはスーツケース。そんなおじいさんに寄り添うようにしているのおばあさんは鍔の広い帽子が似合う可愛らしい人だ。きっと二人で観光旅行にでも来たんだろう。そして慣れない土地で道を聞くため、たまたま一人で歩いていた私へと声を掛けた。私がそこまでの道のりを教えると二人はお礼を言って立ち去り、そんな二人の背中を見送りながら暖かい気持ちになってコンビニへと再び歩き出す──なんてことはならなかった。
 何故なら彼らが話す言葉は日本語ではなかったからだ。
 
 「──、」
 
 英語が全く分からない訳では無い。リスニングの授業もそんなに苦手な部類では無かったけれど、それは所詮教材用の綺麗な英語に対してだけだったと痛感させられる。彼らから発される言葉は普段聞き慣れているものとは少し違っていて、これが先生が言ってた訛りと言うやつなのかもしれない。それでも何となく行きたい場所のアテはついたけれど、それを上手く説明するだけの応用力がなかった。単語は分かるけど、それだけで相手へちゃんと伝わるのか。もし間違ってしまったら二人の旅行を台無しにしてしまうんじゃないか。
 そんな日本人特有の消極的思考がぐるぐると頭の中を巡って、先程からえっと、とか、あー、とか考えているフリをしているばかり。困った。誰でもいいから助けて欲しいと周りに視線を送るのに、みんな見て見ぬふりをして私の横を素通りしていくだけ。そうしている間に、流石に私の困惑を察したのか二人の表情が申し訳なさそうなものへ変わっていく。あぁ、もう。そんな顔させたいわけじゃないのに……
 
「sorry,cute──」
 
 迷惑かけてごめんなさいね、と言うようにおばあさんがおじいさんの腕を引き、おじいさんもすまなさそうに私に何か告げてその場を立ち去ろうとする。
 
「あ、」
「Excuse me」
 
 そんな時、後ろから声がしておじいさんが立ち止まる。救世主!そう思ってパッと振り返ると、そこには予想外の人物が居た。
 
「凛くん!」
 
 思わず名前を呼んだ私を凛くんは軽く一瞥してから流暢な英語で会話を始め、程なくしておじいさんが嬉しそうに微笑みお礼を述べる。ナチュラルな会話の速度に内容はあまりついていけてなかったけど、この様子だと彼らの困り事は解決したんだろう。すごいなぁとただただ感心していると、おじいさんが手を差し伸べてくれたので、私は何も出来てませんが……と申し訳なく思いつつその手を握り返した。
 
「You look good together.」
 
 二人が歩き出すのを凛くんの隣で見送っていると、おばあさんがくるりと振り返りとても優しく微笑んでこう告げた。
「よかったね、凛くん」
「あ?」
「おばあさん、凛くん見てかっこいいって言ってたよ」
 
 おばあさんがああ言いたくなるのも分かる。背高いし、まつ毛長いし、あんなに上手に英語も喋れるんだもんね。他の成績はアレだけど、そんなのおばあさんには分からないことだし。うんうん、と納得する私に凛くんは冷めた視線を送ってくる。なんだろう、折角褒められたんだから素直に喜んだらいいのに。
 
「……お前、意外とバカだな」
「ちょっと!失礼だよ!」
 
 そりゃ英語は凛くんに負けるけど、他は圧倒的に私の方がマシなんだから!さすがに聞き捨てならないと反抗すれば、うるせぇ、と一蹴される。酷い。でも。

「助けてくれてありがとうね、凛くん」

 困っていたのを助けてもらったのは事実だからぺこりと頭を下げる。凛くんのおかげで私も彼らも救われたのだ。改めて見る凛くんはジャージにサッカーバッグを持っていて、きっと今日もたくさん練習してたんだろうなと思った。お礼にコンビニで飲み物とか買おうかな。外に出て来た当初の目的を思い出して、一緒に行かないかと声を掛けると凛くんがじっと私を見下ろしているのに気付く。なにかあっただろうか。
 
「凛くん?なにかあった?」
 
 コンビニじゃない方がいい?
 そう言いながら見上げる私に凛くんは表情を変えずに口を開く。
 
「……お前もかっこいいとか思ったのかよ」
「へ?」
 
 予想外の言葉に思わず間抜けな声が漏れる。それから数秒、その意味を理解した私は満面の笑みと共に全力で頷いた。
 
「かっこよかったよ!」

 それに凛くんはそうか、とそっけなく返すだけだったけれどその声に怒ったり迷惑そうな色は含まれていなかった。

「なにがいい?」
「アイス」
「はーい」
 
 無口だし怖いし何考えてるかわかんねぇよな。 
 コンビニまで並んで歩いていると、いつか同級生の誰かが凛くんに対して言っていた言葉が蘇る。でも全然そんなことない。確かにあまり口数は多くないし、出てくる言葉もお世辞には良いとは言えないけれど、困っていたらちゃんと助けてくれるし意外と可愛いところもあるのだ。みんなももう少し凛くんのことを知ったらそれが分かるのに。そう思いつつ、私だけが知ってると言う特別感に浸っていたいなと言う考えが頭の端っこに浮かぶのだった。



 

 


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