PDL短編 | ナノ


ローズゼラニウムの溜息  








「折り入って相談があるのだが」

新開くんたちのクラスの授業が長引いているようで、二人を待つために残っていた放課後の教室。図書室に行っては食べれないからと、新しく発売されていたお菓子の味見をするために箱の中のチョコレートを一つ摘んだところで東堂くんに声を掛けられた。

人数の少なくなってきた教室の中、いつになく真剣な表情の彼に私は摘んでいたお菓子を戻すと一つ頷いて話を促した。そんな私に安心したように表情を少し弛めた東堂くんは私の右隣の席から椅子を引き出して座る。その距離に学年の最初の席替えを思い出した。たった数ヶ月前なのに既に懐かしいと思ってしまうのは、その数ヶ月の間にいろいろなことがあったからだろう。席替えをした当初は目立つし騒がしくなると溜息を吐いたクラスメイトの彼のことを、秋頃にはこうやって二人で話すようになるんだとあの頃の私に言ってもきっと信じない筈だ。

そんな彼から相談とはなんのことだろう。御園さん関係?でも私より付き合いの長い彼が私になにか聞くことなんてあるんだろうか。それなら新開くん関係?もしかしてお菓子あげすぎとか?インハイを終えて全く走ってない訳では無いとはいえ、以前より練習量は落ちているはずだし無闇矢鱈に食べ物を勧めるのはよくなかったもしれない。私の目からはそんなに酷く変わった感じはないけれど、見る人が見ればわかるのかも。うん、折角買ったお菓子だけれどあげるのはやめておこう。そう思って手元にあったお菓子の箱を鞄にしまおうと決めた時、東堂くんがその口を開いた。

「聖に妬いてもらうコツがあるのだろうか……?」

その言葉は全く予想していなかったもので思わず思考が止まる。妬いてもらう?御園さんに?誰が?

「……は?」

意味がわからなさすぎて思わず出てきた言葉はそんなものだったけれど、私はきっと悪くないはずだ。いまいち彼の言葉の意図するところが見えない私を置いてきぼりにして東堂くんは話を続ける。

「この前、速水さんとの仲を自慢する隼人に対して聖が妬いていてな。その時だけでなく今までも何度もそういった事があったのだ。聖とは付き合いが長いはずのオレですらあんなあからさまに妬いてもらったことがないんだ」

なにかコツとかあるのだろうか?
そんなことを言う東堂くんの表情は本当に真剣で、純粋に心の底から私に対してそんな疑問を持っていることが窺える。ただ、その内容があまりにも取るに足りないものだったので、私は真剣に聞こうと思って食べるのを止めていたチョコレートにもう一度手を伸ばした。

「コツもなにも……私なにもしてないし」

そもそも御園さんが新開くんにそんなに妬いているということですら初耳だ。確かに彼女には仲良くしてもらってはいるけれど、それなら私だって御園さんのことを理解してあげれている東堂くんが羨ましいといつも思っている。言うのはなんとなく癪だから言わないけれど。そんな私の返事に落胆した様子の東堂くんは、私の顔をじっと見つめてくる。なんだ、怖い。

「……えっと?」
「そうか」

そしてなにか思いついたような表情になって、私にヘアゴムの残りがないかと聞いてきた。今日の東堂くんは本当に分からない。今なら真波くんといい勝負が出来ると思う。そんなことを思いながら持っていたヘアゴムを一本渡せば、彼のアイデンティティであるカチューシャを外して器用に髪を纏めていった。

「これで近付けただろう!」

どうだ!
期待の籠った目で私を見るクラスメイトになんて返せばいいのだろう。彼の黒い髪はハーフアップのお団子に纏められていて、先程の視線は私の髪型を見ていたのかと理解する。普段言葉は騒がしくても割と冷静で常識的な思考を持っている東堂くんだけど、御園さんのことになるとその冷静さをどこかに忘れてきてしまうらしい。

「残念ながら長さが足りんので全く同じは無理だったけどな」
「……そうだね」

満足そうに手鏡で髪型を確認する東堂くん。ファンクラブの子が見たら彼の珍しい髪型にそれはもう盛り上がるのだろうけれど、残念ながら私は東堂くんの髪型にさして興味は無いのでチョコレートをまた一つ摘んで口へ運んだ。バナナの香りが強いなぁ。




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