PDL短編


合コン狂想曲  




「お願い!!この通り!!」

パチンと顔の前で手を合わせて必死に頼み込んでくる同級生に思わず私は隣に居る聖ちゃんと顔を見合せた。

冬休み前の放課後にあった図書委員会。本日の目的だった引き継ぎ内容を後輩に伝え終わり、聖ちゃんと一緒に帰ろうとしていた私たちを引き止めたのは同級生の友人だった。二人に頼み事があるんだけど!!と言う彼女の表情は鬼気迫るものがあって、若干たじろぎつつも足を止めた。そして話を聞いた結果──

「話はわかったけど、私たち」
「志帆ちゃんと聖ちゃんが新開と東堂と付き合ってるのは分かってるの!と言うかうちの学年で知らない子居ないよ!でももう二人に頼むしかなくて……今回が私が高校最後のクリスマスを彼氏と過ごせるかもしれない最後のチャンスなの……!!」

だからお願い!!
そう勢いよく頭を下げられて冒頭のセリフに戻る。
目の前の友人は聖ちゃん程ではないけど、三年間同じ委員会で過ごした子で仲も良い。だから頼み事はなるべく力になってあげたいとは思うけど、内容が内容だけになかなか首を縦に振ることは出来なかった。それは一緒に話を聞いていた聖ちゃんも同じようで、横で困惑した表情を浮かべている。

そんな彼女の頼み事と言うのは所謂合コンの誘い。事情を聞くと今週末に彼女のバイト先が一緒の大学生とカラオケに行く計画をしていたのに、一緒に行くはずだった友人の一人がインフルエンザ、もう一人が急遽実家に帰らないといけなくなったと言うことでキャンセルになったらしい。周りの子たちを誘ってみたものの既に予定が入っている子ばかりで、藁にも縋る思いで私たちに頼んで来たと言うことだった。

「カラオケなんだけど、お昼ご飯も兼ねてるからランチ気分で来てくれればいいから……!もちろんお酒とかは無いし、二人のお金は私が払う!」

困ったな……。ここまで必死に言われてしまうと無下にも出来ない。

「相手には二人が彼氏持ちってことは伝えるし、カラオケ終わった後は解散にしてそれ以上の迷惑は掛けないようにするから……ダメかな……」
「……わかった、カラオケだけね」
「私もそれなら」

もう一度、彼氏が居ることは伝えてもらうこととカラオケ後はそのまま帰らせて貰うこと、最終的に行くのは私たちが決めたことだからお金は自分たちで払うことを確認して了承してもらった。何度もありがとうとお礼を言う彼女を大丈夫だからと宥めれば、あ、と何かを思いついたように彼女が声を上げる。何かあったのかと首を傾げれば少し言いにくそうに、あのね、と切り出した。

「……新開と東堂には言わないでいい?言ったら絶対止められそう……」
「……」

彼女の言葉に思い当たる節が多すぎて思わず黙り込んでしまう。聖ちゃんもやっぱり同様で、彼らには申し訳ないなとは思いつつ二人でゆっくり頷いた。





「おつかれさまでーす。あ、今日は先輩たち来てたんですね〜」

ガラッと部室の扉が開いて、真波のあの気の抜けるような挨拶が聞こえる。また遅刻か!と言おうとして、今日が自主練日だった事を思い出した。寧ろ自主練日にアイツが部室に来たことを褒めるべきか?なんて甘いことを考えていたオレは、この後そんなことを少しでも思った自分をぶん殴りたくなることになるなんてまだ知る由もなかった。

「そうだ新開さん、今日志帆さんと出掛けるんです?」
「ん?志帆と?いや、今日はそんな予定ないけど」
「いやぁ、昨日志帆さんが外泊届けの紙持ってるの見たので」

新開さんとかなーって思ったんですけど。
へらりと笑ってそう言う真波に固まるオレ。いやいやいや、お前それ相手が新開さんのがやばいだろ!大体二人で外泊ってなんだ、大人の階段登りますって宣言か!……いや、もう多分だいぶ登ってんだろあの人は。ってバカ、塔一郎やめろ。そんな目でオレを見るな。

「あぁ、今日は確か聖の家に泊まるってさ。な?尽八」
「うむ。昼に図書委員の同級生たちでランチに行ってからそのまま聖の家に行くと言っていたと思うが」
「なぁんだ、そうなんですね〜」

新開さんと東堂さんの話の内容はごく普通のもので、真波は興味を失った様に着替え始める。ほらみろ、現実ってのはそんなもんなんだよ。さーてオレもそろそろローラー回すか。そう、タオルを片手にローラーへと一歩踏み出そうとした瞬間だった。

「ランチ?速水たちが今日行ってんの合コンじゃね?」

ピシリ。
部室の空気が固まる音がした。おいおいおいおい、マジかよ……つーか誰だ、そんなこと言ってんのは!この二人の前でそんな発言して命惜しくねェのか……って、今井さんアンタですか!!あー、そうですね、アンタなら言いそうっスね!!

「……今井、お前は自分が何を言ってるのかわかってるのか?その口くらい頭を回したらどうだ」
「東堂ひでぇ!一昨日、速水に本探してもらおうと図書室に行ったんだけどさー」
「今井お前さ、志帆に迷惑掛けるなって言わなかったっけ?」

東堂さんの目からは完全にハイライト消えてるし、新開さんは完全に鬼が出ている。そんな中で普通に受け答え出来るあの人ってある意味すげぇよな。尊敬はしねぇし憧れもしねぇけど。二人に対してあの発言をした後で落ち着けって言えるのはアンタくらいだろ……

「その図書室でさ、うちのクラスの図書委員が速水と御園に『土曜日は11時に駅前のカラオケ集合ね』って言っててさ!そういやソイツ今月の初めにクリスマス前に合コン行くって言ってたよなって思い出したんだよ」
「だからと言ってそれが今日だとは……」
「その時一緒に話してたクラスのやつに聞いたら今日って言ってたから合ってると思うぜ?」

東堂さんの願望の入った言葉も即座に打ち崩す辺り容赦ねぇ。でもあれ多分無自覚だよな。まぁそっちの方がタチ悪ぃと思うけど。

「今井、駅前のカラオケってどこ」
「ん?たぶんあそこじゃね?コンビニの横にある──」

新開さんが静かに、でもいつもより相当低い声で今井さんに詰め寄って行く。そんな新開さんに怯えるでもなく普通に場所を伝える今井さんはある意味最強なんじゃねぇかと思い始めた時。

「なんだ、遂におめーら二人愛想尽かされたわけェ?」

あー、もう今まで静かにしてると思ったらここでかよ!アンタのは完全に自覚アリのわざとですよね?!声の主である荒北さんに視線をやると、ロッカーに背を預けてニヤニヤと悪い笑みを浮かべている。ほら、アンタがそんなこと言うから二人がもの凄いスピードで部室出て行きましたよ。

「……いいんスか、アレ」
「ア?いーんだヨ、どーせ速水チャンたちも断りきれなかったとかで本意じゃねーンだろうしな。それにたまにはアイツらもあれくらい痛い目見ろってンだ」

いつもうぜェくらい自慢してやがるからな。
そう言いつつ、自分もロッカーから離れて入口へ向かう荒北さん。帰るんスか?と聞けば、振り返ることなく一言、外泊届けェ、とだけ言い残して部室を後にした。なんだ、あの人も大概素直じゃねーよな。さてだいぶ時間食ったけど練習始めっか。そう思って横を見れば苦笑した塔一郎が一言ポツリと漏らした。

「今日、拓斗が休みでよかったね」
「……それはマジで思うわ」

これ以上カオスにさせられてたまるかっつーの。





「はは、あの先生オレらの頃と全然変わってないな」
「そうみたいですね」
「じゃあさ、この話もしたんじゃない?」
「あぁ、それは丁度先週の授業で」

合コンと言われて身構えて来たものの、蓋を開けてみればこれを企画した友人とお相手の先輩はお互い気付いていないだけでほぼ両思いみたいなものだったようで、先輩の友人二人も彼女欲しさと言うよりは二人の仲を取り持つために参加していたらしい。早々にそれが分かった先輩たちは二人を隣同士にして、私たちは四人でご飯を食べながらのんびりと話を楽しんでいた。
箱学の卒業生だったらしい先輩方と教師陣のネタや学食の話でひとしきり盛り上がった辺りで、先輩が時計を見る。あ、もうそろそろ時間だ。

「今日はいろいろなお話聞かせて貰えて楽しかったです」
「そう?オレらのこんな話でも二人に役立ちそうなら良かった」
「んで、この後はどうする?飯でも食いに行く?」
「すいません、私たちこの後予定が入っていて」
「そっか、じゃあ解散だなー。アイツら二人も後は自分でどうにかするだろ」

そう言って、そろそろ解散するぞー、と先輩の一人が話が盛り上がっているに二人に声を掛けに行ってくれる。店内の廊下を先立って歩く先輩たちの後ろで、友人が小声で「本当にありがとう!」と伝えてきた。

「この後、ご飯を食べに行くことになったんだ!」
「それはよかったわね」
「頑張って」
「二人のおかげだよー!今度お礼させて、ね……」

不自然に止まった彼女の言葉に、どうしたのかと視線の先を追って同じように固まる。え?なんでここに……

「隼人くん……」
「や、カラオケは楽しめたかい?」

お店の外、ガードレールに寄りかかるようにして待っていたのは隼人くんで、その横には後ろ姿だけど見慣れた綺麗な黒髪にカチューシャが見えるから尽八くんだ。思わず声に出して名前を呼んでしまうと、爽やかに笑う隼人くんが軽く手を上げた。どうしよう、これ絶対怒ってるやつだよね。今日、ランチに行ってから聖ちゃんの家に泊まるとは伝えてあるけどそこに男の人が居るとは言ってなかった。結局合コンでは無かったし、事実ただ話をして終わっただけだけど、そんなことは彼らからしたら関係ないだろう。そうだ、まずはこの経緯を説明して──

「今日はおつかれさまー、ってあれ。もしかして二人の彼氏?」

タイミングが良いのか悪いのか、先輩たちがお店から出てくる。やばい、何か言わなきゃ。

「ええ、」
「今日はうちのがお世話になりました」

聖ちゃんが頷くのに被せるようにして尽八くんが一歩前に出て綺麗に微笑む。知ってる、あれは余所行きの顔だ。自分の顔の良さと所作が綺麗なのをわかってやってる時の彼。もしかしてこれは所謂牽制と言うやつなんだろうか。流石に何か起こるわけではないと思いつつも、ハラハラしていれば先輩たちは少し驚いた顔をした後すぐに何かを悟ったような笑顔になった。

「なんだ、予定ってデートだったのな!しっかり楽しんで〜」
「彼氏くんたちも今日二人借りちゃってごめんな」

そう言って爽やかに手を振って別れた先輩たちと友人を見送りながら、隼人くんが頭の上に大量の疑問符を浮かべている。尽八くんもさっきの余所行きモードが解けて少し間抜けな顔になっていた。

「えっ、と……?」

合コンじゃなかったのか?
恐る恐ると言ったように聞いてくる隼人くん。やっぱりそう聞いて来てくれたんだね。ちゃんと説明しよう。状況が呑み込めていない隼人くんたちに向き合って、私と聖ちゃんはゆっくりと話し始めた。

「話せば長くなるんだけど……」



「なるほど、そういう訳だったのか」

大体の経緯を説明し終わったところで、納得したように尽八くんが頷く。

「心配かけてごめんね」
「まぁでもなにもなかったならよかったよ」
「でも誰から聞いたの?」
「今井……」
「……今井くん」

まさかこんなところで彼の名前が挙がるとは。どうやら友人が私たちに話をしていたのを聞いていたらしい。確かにそのていで来たのは間違ってないから彼を恨むのがお門違いなのはわかっているけど、なんとなく相手が今井くんというのが釈然としなくて小さく溜息を吐いた。

「その後に靖友がさ、おめさんたちに愛想つかされたんじゃないかって言い出すから焦っちまった」

珍しく弱気な発言の隼人くんに驚く。まさかそれでここまで来てくれたの?そう口に出してはいないのに伝わったのか、隼人くんは少し気恥しそうに頬をかいて笑った。

「説明を聞くまで気が気じゃなかった。今度からは一言言ってくれ」
「ごめんなさい。そうね、でも次はないと思いたいけれど」

尽八くんも聖ちゃんの言葉に安心したように表情を和らげる。安心したら腹減ったな、なんて声が隼人くんから聞こえて、そう言えば辺りはもう真っ暗でいい時間だったと思い出した。

「そういえば尽八たち、門限は大丈夫なのかしら?」

そうだ。自宅通いの聖ちゃんと彼女の家に泊まる予定で出てきている私はいいけど、問題は目の前の二人。慌てて飛び出してきてくれたと言っていたからきっと外泊届けとかは出せていないんだろう。そしてその予想が外れていないことは二人の表情からも窺い知れた。

「今から急げば間に合うかもだよ……?」
「……志帆は聖の家に泊まるんだよな」
「うん」

少し考え込んだ後に、何かを思いついたように隼人くんが顔を上げる。

「オレも聖の家の飯食いたい。ついでに泊めてくれ」
「隼人?!」
「……残念だけど流石にこの時間だと食事の準備は間に合わないわ。あと流石に泊めるのは無理よ」

まぁそうだよね。聖ちゃんのお家のレストラン、確かディナーは予約制だった気がするし。それに女の子の実家にいきなり泊めてくれは普通無理だよ、隼人くん。隣の尽八くんの顔すごいことになってたし。

「なら尽八の家に泊めてもらう!靖友に外泊届け出しといてもらうよう頼んでさ。な、尽八、いいだろ?」
「それなら……あぁそうだな、そうしよう」

聖ちゃんの家の選択肢から変更したからなのか、もういろいろ考えるのに疲れたのか、割と無茶な隼人くんの提案に尽八くんは頷いて携帯電話を取り出した。どうやら実家に電話を掛けているらしい。少しして電話を切った尽八くんが大丈夫だと言えば、隼人くんもその間に荒北くんに連絡していたらしく、どうやらそちらもなんとかなったようだ。なんだかんだで優しいもんね、荒北くん。



「今日はわざわざありがとう」
「あぁ、明日はまた迎えに来るよ」

聖ちゃんの家の前まで送って貰った私たちは、帰り道に今日の騒動のお詫びも兼ねて寮に戻る前にランチをする約束をしていた。学内では一緒にお昼ご飯とかも食べていたけど、四人でお店に行くのは久しぶりだから少し嬉しい気持ちになる。

「じゃあまた明日」
「ん、また明日な」

別れの言葉を告げて、尽八くんの家へ向かう二人の背中を見送ろうとした瞬間。カラン、と涼しいドアベルが鳴って出てきたのは見知った後輩の姿。あ、なんか嫌な予感がする。そしてその数秒後、予感は見事的中することとなるのだった──



「あ、聖ちゃんおかえり。速水先輩も〜」
「なっ……葦木場?!」
「あれ、東堂さんと新開さん?あ、今日のご飯は速水先輩の好きな物にするって言ってたよ。楽しみだねぇ」
「おい待て、もしかして葦木場も一緒に食べるのか?!」
「拓斗には賄いとして出してるのよ」
「それは聞き捨てならんな!オレも同席させてもらう」
「何言ってるのよ、急に準備できないってさっき」
「こんな状況で帰れるか!先程の合コンよりタチが悪い!」
「え、合コン?!聖ちゃん今日合コンだったの?!」
「待って拓斗、話を聞いてちょうだい。尽八!あなたは少し黙って!」

「これはもう暫くかかりそうだなぁ」
「……」

聖ちゃんが事態の収束をはかろうとするのにマイペースで天然な葦木場くんが火に油を注いでいくし、そもそも尽八くんは葦木場くんが聖ちゃんの家に出入りしているのが気に食わないから、なんと言うかもうカオスだ。

「そうだ、いっそ志帆の分を尽八に譲ってやったらどう?それで志帆はオレと何か食いに行くとか」
「ええ、それはやだ……」

私だって滅多に食べれない聖ちゃんの家のご飯、楽しみにしてたんだから。隼人くん止めてよ、と言う意味を込めて視線を送れば笑って躱される。

「だって長引けばそれだけオレは志帆と一緒に居られる時間が延びるからさ」

サラリとそんなことを言ってバキュンポーズを向けてくる隼人くん。あぁ、そうだこういう人だった。私はまだ止まりそうにない三人の会話を眺めながら、半ば諦めるように隼人くんの横にしゃがみこんだ。

 


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