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  曲から妄想シリーズ(バーボン?/DC)




「はじめまして、貴方がバーボン?」

初対面で首を傾げる彼女は組織で出会ったどの女性とも違っていて、一言で言うなら『普通』だった。年齢は20代前半、黒目黒髪の純日本人。あどけなさの残る彼女は女優の顔を持つベルモットと並ぶと、それが尚更際立って見える。唯一、彼女の着る全身黒で統一された服装がこの組織の一員だということを示していた。

「あらバーボン。彼女を見た目で判断すると痛い目を見るわよ?」

ふふ、と妖しく笑うベルモットの横で苦笑する彼女を見て、きっと自分のような反応を示されることが少なくないのだろうと言うことが分かる。ベルモットを介して紹介された彼女は元々ジンの元に居たらしい。ベルモットが気に入って自分の手元に置いた、と聞いているが恐らくNOCとしての疑いを解いていないジンが送り込んできたのだろう。
それならばそれでもいい。懐柔して逆にジンの情報を引き出す足掛かりにしてしまえばいいのだ。

「すみません。女性に対して失礼な態度でした。バーボンです、よろしくお願いしますね?」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。私のコードネームは・・・」



***



「バーボン、愛してます」

私がそう囁くとの彼が返事代わりのキスを一つ落とす。あるホテルの一室でこうやって会うのももう何度目か分からない。

ジンの元で情報収集役として仕事をしていた私が彼と会ったのは半年程前のことだ。ベルモットに紹介された彼は私を見て少し驚いた表情になったけれど、それは慣れたものなので気にしない。後で彼の年齢を聞いた時の私の表情も、きっと似たようなものだったのだろう。

「なんか不思議な気分」
「ジンに秘密でこんなことをしてるのが?」
「なんでジンの名前が出てくるの」
「あれ、僕は貴方達がそういう関係だと思ってたんですが」

違いました?
私の顔を覗き込みながら笑うバーボンに、ジンとは上司と部下の関係ですよ、と返す。

「ついこの前会ったのにこんなに誰かを好きになるなんて思わなかった」
「貴女にそう言ってもらえるなんて光栄だな」

そう言ってお互いの額を合わせて笑い合う。そのやりとりはまるで仲睦まじい恋人のそれで。だけどお互いそんなに純粋な気持ちではないことも知っている。いくつも見え隠れする嘘に気付かないフリをしながら、恋人ごっこを演じているのだ。

「これからもずっと一緒にいてくれる?」
「僕が捨てられない限りね」
「ふふ、そんなこと無いですよ」
「その言葉、信じてます」

その言葉の不誠実さは発した自分自身が1番よくわかっているのに。その事実は見えないようなフリをして、彼の腕の中に抱かれながら目を閉じた。




***



「で?どうだ、バーボンは」

結論から言うと、ジンの予想は当たっていた。バーボンはNOC。辿り着くまでに大分時間を要したが、私だって今まで伊達に多くの相手と繋がってきたわけじゃない。情報網を駆使して明らかにした情報をジンに伝えれば私の任務は終了だ。晴れてバーボンは消されるだろう。それでいい筈なのに。

「今のところは怪しい動きは無いかな」

NOCじゃないのかも。
私の口から出てきたのはそんな言葉。

「そうか。にしても相変わらず男を落とすのが早いな、テメェは」
「ふふ、ジンに褒められるなんて光栄だね」
「恐ろしい女だ」
「誰かさんにそう仕込まれたからだよ」
「ハッ、上手いこと言うようになったじゃねぇか、ベルエール」

ベルエール。
それが私のコードネームだ。ブランデー、クレームドペシェとレモンジュースにブルーキュラソーを一滴垂らして作られるカクテルには、蝶の形にカットされたリンゴが添えられる。
ジンの元で様々な事を学んだ私の情報収集の方法は主にハニートラップだ。幼いと言われる容姿で相手を油断させ、初心な反応を装えば年配の下卑た男はすぐに堕ちる。そうやって次々と男から情報を集める私を、誘うように花から花へ飛び回る蝶に例えた結果がその名前だった。

「さて、最近バーボンに貸してやってた分、今日はしっかり働いてくれるんだろうなァ?」
「ジンが勝手にそうした癖に」
「聞こえねェな」

そう言って強引に重ねられた唇はバーボンとは全く違うもので。

私が嘘をついているのは、バーボンかジンか、それとも自分自身?

長いキスで朦朧とする意識の中、そんなことを考えた。




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