DAYS



「東城!」
「はい、水樹くん。どうぞ」

「東城、あれが見たい」
「うん、まとめてあるよ」



◇◇◇



「なぁ、速瀬」
「あ?」
「あれ、どう見ても夫婦のやりとりだよなぁ」
「あー...だな」

部活後のクールダウン中、ペアを組んでいた国母から名前を呼ばれ、指で示された方を見る。そして言っている意味を理解すると肯定の言葉を返した。俺らの視線の先に居るのはうちの部活の絶対的エース水樹寿人とマネージャーである東城佳那だ。


「水樹のあの意味わかんねぇ要求にすぐ応えれるのは臼井か東城しかいねーか...」

国母の呆れるような言葉には俺も頷くしかない。とりあえずあいつは主語を会話に入れることを覚えるべきだと思う。君下も割と応えている方だとは思うがあれは試合中の流れというか瞬間的な感覚によるものも大きいから、普段でも出来ているあの2人がやっぱりおかしいんだろう。


東城とは1年の時にクラスが同じで、委員会も一緒だった。特別目立つ存在ではなかったが、誰に対しても礼儀正しく丁寧で聞き上手な東城とは割と喋る方だった気がする。東城に対してはどちらかと言うと大人しめなイメージがあったから、2年のはじめに席が隣になったことをきっかけに、水樹が東城を気に入って半ば無理矢理サッカー部のマネージャーにしたいと言うのを聞いた時は何事かと思ったのを覚えている。そしてその時の東城の慌てようはすごかった。あの水樹についに春が来たかと国母や灰原達と盛り上がったが、話をよく聞けばそうではなくて。『水樹のことが好きなミーハー女子』ではなく『純粋にサッカーに興味を持った女子』として東城を気に入ったということだった。
それから半年以上が過ぎて、サッカー知識ゼロだった東城もだいぶ成長し、元々真面目な性格もあってマネージャー業もだいぶ板についてきている。



「東城、今日の帰り付き合ってくれないか」
「いいよ。今日はなに?」
「新しいスパイクが見たい」
「はーい、じゃあ着替えたら待ってるね」

そこまで考えたところでまた聞こえてきた声。水樹の誘いに即答した東城は、スパイクなら君下くんのお店かなぁなどと呑気に言いながらビブスやドリンクボトルなどを片付けている。あの様子だと近くにいた君下が面倒くさそうな顔してるのも多分気付いてないんだろう。


「あいつら、あれで付き合ってないってんだからありえねーよな」

先ほどのやり取りを聞いていた国母が心底信じられないという表情で呟く。
水樹と東城の仲のよさは部内でも有名だ。加えて同じ学年のやつらも知らないやつはほぼいないんじゃないかと思う。水樹と言えば東城だし、東城と言えば水樹の名前がセットで出てくる、そんな感じ。ベタベタとしているわけじゃない。そういう嫌らしい感じではなくて、一緒に居るのが自然、寧ろ一緒に居ないとこっちの方が違和感を覚えるくらいにはよく一緒にいた。見た目に反して天然というかボケている水樹と、それをさり気なくフォローする東城は見ていて微笑ましかったし、誰が見てもお似合いだった。
なのに。2人は付き合っていない。つい今しがたデートのような約束を取り付けていたのもあいつらにとっては日常茶飯事のことらしく、一度水樹に聞いたことがあるが「何か変か?」と返された。


「見てる俺らの方が落ち着かねぇから早くくっつけってんだ」
「同感」

水樹の隣に別の女が居るのも東城の隣に別の男が居るのも違和感でしかない。これは俺らの勝手な意見であるが、たぶん大多数はそう思っていると思う。だから早く付き合っちまえよ。

そんな周囲の思いもどこ吹く風と言ったような風に肩を並べて笑う2人を見て、俺らはもう1度盛大にため息をつくのだった。




『彼と彼女のトッカータ』




◇◇◇

---あ、君下
---なんスか?
---これから東城とお前の店に行こうと思う
---どーも...
---君下くんがよかったら3人で一緒に帰る?
---っ...俺、喜一と約束あるんで
---はっ?そんな話...ぐっ
---(うるせぇ!黙って話し合わせろ!あの2人と帰るとか無理なんだよ!)
---あいつら仲いいな
---うん、そうだね




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