DAYS



「はぁ...」

目の前にある1枚の紙に向かって落ちる溜息。進路希望と書かれた紙は名前の欄が埋まっているのみで、肝心の進路についての部分は窓の外に降る雪のように真っ白だった。

やりたいことが全くない訳では無い。しかし高校生活の半分以上の時間を費やしたサッカー部のマネージャーの役割を終えさたいま、あれほど情熱をかけてやりたいものがあるかと問われると、答えがなかなか見つからないのも事実だった。なんとなく、大学に進むんだろうなとは思っているが、どの分野に進みたいと言うはっきりとしたビジョンは見えていない。これが俗に言う燃え尽き症候群と言うものかもしれない。

「なりたいもの、か...」

なりたいものはある。但しそれは大学に行って叶うようなものではなく、1人で叶えられるようなものでもなかったので進路希望としてはきっと適切ではないのだろう。はぁ、ともう一度小さく溜息をついて、それ以上考えたくないとばかりに机の中へ乱暴にプリントを押し込んだ。

「こら、プリントは大切にしろよ?」
「わ、びっくりした...」

ペしっと頭を叩かれたことに驚いて振り返ると、手に丸めたノートを持った臼井くんが苦笑しながら立っていた。部活を引退した後に臼井くんがうちのクラスまで来るのは珍しい。なにか用事があったのだろうか。

「どうしたの?うちのクラスに来るなんて珍しいね」
「いや、ちょっとお前と水樹を呼びにな」
「私と水樹くん?なにかあったっけ??」

臼井くんの言葉に首を傾げる。部活の引き継ぎは終わってるし、送別会的なものはまだ先のはずだ。他に何かあったっけ...疑問符を浮かべている間に同じく呼ばれた水樹くんもよく分かっていないらしく、同じように首を傾げていた。

「卒業アルバムの部活写真」
「あっ!」
「?」

その一言で思い出す。部活ごとに写真を撮って卒業アルバムに載せるのだが、その写真を撮るのが今日だったらしい。そう言えばこの前そんな話を聞いた気がする。バタバタとしていてすっかり忘れていたけれど。水樹くんはそう言われてもピンと来ていないらしく、臼井くんに詳細を説明して貰っていた。部活を引退しても変わらないそんなやり取りを見て、どこか安心する。二人のやり取りを見て緩む口元を隠すように部室に向かおうとすると、笑うなよと背中からかかる声。そうは言いつつ、きっと臼井くんも満更じゃないんだろうなと思いながら向かう足取りは心なしか少し軽かった。



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「おつかれさまでーす」
「ありがとうございました」
「やっと終わったぜー!」
「真面目な顔すんのも疲れるな」

写真屋さんの終了の合図とともに誰からともなく安堵の声が漏れる。名門サッカー部ということで、写真の構図にもそれなりに真面目さが求められていたため、私の肩にも自然と力が入っていた。撮ってくれた人にお礼を言って、あとの予定をどうするか悩んでいると、中澤先生に呼び止められる。

「東城、進路希望の紙書いたか??」
「あー...すみません、もう少しだけ時間貰ってもいいですか?」
「まぁ、しっかり悩むのはいい事だけどな」

期限は守れよ、と言って先生は苦笑する。なんだかんだ言って無理強いはせずに自分で考える時間を多くくれる先生だからありがたい。そう言えば試合の時とかのスタンスも、基本的にそうだったなぁと思い出してまた懐かしくなる。このグラウンドとももう少しでお別れか、なんて少し寂しくなりそうな考えを頭を振って追いやった。

「進路決まってないのか?」
「水樹くん。うん、なんか色々悩んじゃって」
「そうか」

さっきの先生との話はどうやら聞こえていたらしい。水樹くんはプロ入りが決まっていて、もう既に何度か練習にも参加している。卒業と同時に茨城の方へ行くとも言っていたので、きっと進路のこととか悩むことすら無かったのだろう。
元キャプテンと元マネージャー。私たちの関係は、最後の試合が終わったあとも結局曖昧なままだ。何度か思いを伝えようかとも思ったけど、もしダメだった時のことを考えるとあと一歩が踏み出せずに、もう少しもう少しと延ばしている内に卒業と言う期限はもうすぐそこにまで迫っていた。
勉強に進路に恋愛に、最近の私は悩んでばかりだ。これから先もきっと悩みが無くなる時なんて来ないんだろうけれど、とりあえず目先の悩みを解決するためにどうするべきか。そんな事を色々考えると余計に疲れるので、写真を撮るのに疲れた今日はもう考えるは止めにしよう。帰りに甘いものでも食べようかな、そう呟いて現実から逃避しようとしていると、それまで黙っていた水樹くんがなにか思いついたような表情になる。

「それならいい案があるぞ」
「美味しそうなお店あった??」
「一緒に茨城に来ないか?」
「え?」

いま水樹くんはなんと言った?茨城?一緒に?
思考が完全に帰りに寄る甘味屋さんを何処にしようかと言うものになっていた私は水樹くんに言われたことに対する理解が遅れる。視線を横に動かすと、周りで騒いでいたメンバーの動きも止まっていて、みんなの視線は水樹くんに注がれていた。

「茨城に、美味しいお店があるの...?」
「??それは知らない、ごめん」
「あ、うん、だよね...こっちこそごめんね」

もしかして、と思って聞いた私の質問に水樹くんは疑問符を浮かべながら謝罪するので慌てて私も謝る。二人してよくわからないまま謝ると言った滑稽な様子になっているが、今はそんなことよりも重要なことがある。

「えっと、さっきのはどう言う...」
「俺は卒業したら茨城に行く」
「うん、そうだね」
「でも佳那と離れるのは嫌だ」
「...うん」
「だから佳那がいいなら一緒に茨城に来てほしい」

水樹くんの言葉が響く。それは私にとって願ってもない言葉で、疲れすぎて都合のいい夢を見ているんじゃないかと錯覚するほどだった。それでも目の前に居る水樹くんの目は真剣そのもので。それに応えるように私はぐっと手を握りしめて息を吸い込んだ。

「私、卒業した後も水樹くんの隣に居たい。だから、」

一緒に茨城に行ってもいいですか?
そう言い終わる前に気付けば力強い腕の中に居た。目の前に広がるのは私が一番好きな黒。ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる水樹くんはなんだか少し可愛くて、少し苦しいけどもう暫くはこのままでもいいかなと思えた。
と、次の瞬間。

「お前ら!堂々のイチャつくなよなー!!」
「わっ...」
「やっとくっついたな!!」
「これもうプロポーズじゃね?」

色々な声と共に駆け寄って来るみんなに、私たちは一瞬でもみくちゃにされていた。試合中にゴールを決めた人に次々と飛び付くあれだ。何度もその光景は目にしたことがあって、楽しそうだなと思っていたけど実際に自分がその中心にいるとその大変さがよくわかる。一番に飛びついてきたのはムードメーカーの灰原くんで、水樹くんの背中に飛び乗って頭をバシバシと叩いている。国母くんと速瀬くんは私の後ろから私ごと水樹くんの肩を抱いていて、2人と水樹くんに挟まれて潰れそうだ。その間から見えたのは猪原くんと臼井くん達他の3年生で、飛びついてくるわけではなかったけど、笑顔で見守ってくれている。中澤先生は青春だな、とどこか遠い目をしていた。

「水樹、結婚式には呼べよな!!」
「うん」
「やったな、東城!プロサッカー選手の嫁で玉の輿狙えるぜ!」
「と言うかその前にちゃんと正式に伝えろよ?」

呆れたような臼井くんの言葉に少しドキッとする。確かに水樹くんから直接的な言葉は貰っていない。だけどそんなこと気にならないくらいには、幸せすぎておかしくなりそうだった。
私にもなりたいものはある。但しそれは大学に行って叶うようなものではなく、1人で叶えられるようなものでもなかった。だけど今、それがもしかしたら叶いそうなところまで来ている。
私の夢はーーーーーー




『光り輝くその先へ』




◇◇◇

---茨城ってどんなとこかな
---そう言えば練習場に佳那の好きそうなカフェがあった
---ほんと?
---うん
---いいなぁ
---今度練習の時に見に来たらいい
---そうだね、お邪魔しよう



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>>さやこ様

企画に参加して頂きありがとうございました!
水樹夢、如何だったでしょうか?
ご希望に添えていればいいのですが...

さやこ様のワンフレーズ、とても素敵なもので
一気に想像が広がりました...!
友達以上恋人未満の関係のまま卒業を控えヒロインも悩んでいましたが、一応水樹なりに考えはあってのあのセリフとなりました。
他の3年生の反応も、とあったので書き進めているとあんな感じのわちゃわちゃ具合に。あんな感じで大丈夫ですかね...?書いてる私はとても楽しく書かせて頂くことが出来ました(*´ω`*)

この度は企画に参加して頂き、ありがとうございました。最後になりましたが、これからも当サイトをよろしくお願い致します。



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