DAYS



「あ、トンボ」
「ちょっとキャプテン!ミーティング中です!!」
「うわ!生方がキレた!」
「ふふ、もうすっかり秋だね」
「秋祭りももうすぐだしなー」
「あぁ、もう!!佳那先輩も笑ってる場合じゃないです!監督不行き届きですよ!」
「ええ...」




◇◇◇




「もう秋祭りの時期なんですよね…」

午前の練習が終わり、来週の練習試合の日程の確認をして貰いに訪れた職員室。土曜日で先生と私以外には人の居ない部屋で、とりあえず座れと言われて中澤先生の隣の空席に座ると、デスクの上にある1枚のチラシが目に止まる。秋らしい色合いのイラストと共に印刷されているのは秋祭りの文字だった。試合や諸々で忙しくしている間に日にちはあっという間に過ぎて、既に少し肌寒くなってきたこの頃。そう言えば数日前に水樹くんがトンボを追いかけて千加子ちゃんに怒られていた時、部の誰かがそんな話をしていたことを思い出した。

「東城は行かないのか?」

午後からはオフだろう。
日誌を読む目を止めて、つられるように横のチラシに目をやった中澤監督が言う。チラシに書かれている日付は今日のもので、祭りの時間は昼前から夜までを示していた。行きたいかと問われれば、行きたい。特に今年は夏休みも練習試合や合宿の準備で、なかなかそういう行事に縁がなかったのも事実。だが家族連れやカップルの溢れる場所に1人…

「ちょっと無理ですかね…」
「はは、お前も早く彼氏の1人でも作れよー」

私の考えを読んだかのように笑う先生に項垂れ、友達でも誘ってみます、と力なく返す。だけど当日いきなり誘って大丈夫そうな子はいたかな、と友人の顔を思い浮かべてみるが、多くが夏休み前後に彼氏ができたと言っていたので邪魔するのも申し訳ない。今はクラスの違う親友の顔を思い浮かべてみるも、忙しい彼女はそう言えば、秋祭りなのに塾だと話していたような気がする。そんなことを考えること数分。やっぱり無理か...と机に突っ伏していると、ドアが開く音がしてそちらへ視線だけを向けた。

「お疲れ様です。これ提出の書類…って東城?なにしてるんだ」
「臼井くん…お疲れ様」
「おぉ、わざわざ悪いな。東城はいま絶賛傷心中らしいぞ」
「傷心?」

書類片手に現れたのは臼井くんで、机に突っ伏していた私を見て怪訝そうに眉を潜めたが、先生の一言で今度は面白いものを見つけたように口角を上げた。

「素敵な彼氏欲しいわー、ってな?」
「…彼氏?」
「そ、そこまでは言ってません!」

先生の言葉に今度は意味がわからないと言ったような表情になる臼井くん。普段涼しげな表情の臼井くんもよくよく見たら結構表情豊かだな、と思っていたのも一瞬で慌てて先生の言葉を否定する。じゃあどこまでは言ったんだ?と聞き返してくる臼井くんを見ると、完全に興味津々といった表情になっていて、これは誤魔化して納得してもらえる雰囲気じゃなさそうなことだけは分かったので渋々先程の流れを話し始めた。



「という訳でね…」
「なるほど、秋祭りか」
「だから別に彼氏が欲しいとかではないんだよ」

なんで私が弁解してるんだろう。
事を大きくした当事者の方をちらりと盗み見るとそこは既に空席になっており、心の中で小さくため息をついた。そして話を聞いて納得してくれたであろう臼井くんの方に視線を戻すとなにやら思案中の様子。まだなにか引っかかってるんだろうかとドキドキしていると、ガタリといつの間にか座っていた椅子から臼井くんが立ち上がったのでまた驚く。

「臼井くん…?」
「東城、この後何も無いんだよな?」
「う、うん」
「俺もこれから特に何も無いんだ」

恐る恐る名前を呼ぶと返ってきた言葉の意図がよく理解出来ずに首を傾げた。確かに今日は私も含めて全員が午後からオフになっている。選手権を数ヶ月後に控えた今は忙しく、休みはほぼ皆無と言っても過言では無いと思う。そんなに忙しいと休みが欲しいと思うが、いざ休みと言われると何をしていいか分からなくなって、結局何の予定もないまま午後を迎えようとしていた。まぁ、だからこそ秋祭りの話になったのだけれど。それはどうやら私だけではなかったらしく、臼井くんもそうだと言う。私と違って頭の良い彼の場合はしっかり休養を取るために予定を入れていなかったのかもしれないが、しかし突然それを言われてどう返したものか。真意を窺うように臼井くんを見上げると、お前は鈍いな、と呆れたように言われてハッとする。まさか。

「もしかして、誘ってくれてる?」
「俺がただ自分のスケジュール報告をしただけとでも?」
「い、いや、そんなことはない、けど...」

恐る恐る確認してみると、優しく肯定するような言葉は返ってこなかったが、ほぼ同義と思われる言葉を返されて少し焦る。だってまさか、秋祭りに行く相手が居ないという話をして呆れられるとは思っても、逆に誘われるとは夢にも思わなかったのだ。

「文化祭の感じとか見てるとああいう雰囲気好きじゃないのかと思ってたから...」

文化祭の臼井くんのイメージは水樹くんと一緒に女の子達から逃げているイメージが強かった。夏祭りも水樹くんや灰原くん達が満喫していたという噂は聞いたが、臼井くんが行ったという話は聞いていない。だからそういう騒がしい所は好まないんだろうと勝手に思っていたけど、そんな私の予想は外れていたらしい。

「まぁ、正直あまり好きではないな」
「なら無理に、」
「だが、例外はあるさ」

臼井くんの言葉を聞く限りやっぱり私の予想は外れていなかった。と言うことはもしかして気を遣ってくれた?と思い、折角のオフなんだから好きなことに使うべきだと言おうとしたら被せるように臼井くんが言葉を続ける。例外?と思っていたのも束の間。

「好きな子と一緒に行くなら、な」

お前はどうだ?
あまりの衝撃に思考回路が停止した私に、間髪入れずに差し出された臼井くんの右手。その持ち主の表情は私とは正反対に余裕の笑みが浮かんでいて。まるで最初から私にはその選択肢以外は与えられていなかったのではないかと言うくらい自然に、その手を取っていた。




『秋風に運ばれて』




◇◇◇

---臼井くんって告白とかしないと思ってた
---引退するまで言わないつもりだったけど、言わなきゃ気付かないヤツが居たからな
---わからないよ、普通...
---それに、引退後じゃ遅いかもしれないだろ
---ん?何か言った?
---いや、気にするな





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