DAYS



「頼むぜキャプテン。お前がいねーとしまんねーんだから」
「うん」

「あああ!!!」
「水樹が湯船に浮かんでる!!」



◇◇◇



「失礼しました。はい、明日その時間に」
「東城!」
「あ、速瀬くん」

監督との話を終えて部屋を出たところで呼び止められて振り返る。そこには少し息を切らせた速瀬くんが立っていた。

「探したぜ。部屋行ってもいねーし、携帯連絡しても出ねーから焦ったわ」
「え?あ...電池切れたから部屋で充電してるんだ」

速瀬くんの言葉で携帯を部屋に置きっぱなしにしていたことを思い出す。連絡がつかなかったから走って施設内を探してくれていたらしい。息が上がってたのはそのせいだったんだ。合宿で疲れてるのに私のせいで走らせたと思うと申し訳なくなって、ごめんねと謝る。そんな私に、気にすんなと笑う速瀬くんは優しく、1年の時から何だかんだでいつもお世話になってばかりだ。

「ちょっと寄り道しよーぜ」

走ったら喉が渇いた、と速瀬くんが言うので談話コーナーにあった自動販売機で飲み物を買い、ソファに並んで座る。走らせた原因は私にあるので、奢らせて欲しいと頼んだが断られた。普段、髪もサラサラで料理も出来てその上気配りも出来るという女子力の高さを見せつけられているのに、こう言う所は男らしいからちょっとずるい。

「監督と話してたのか」
「うん、水樹くんの復帰までのプランとか色々ね」
「4ヶ月らしいな」
「そう。長いね」
「長いな」

そう言ってお互い無言になる。
水樹くんは数時間前、お風呂場で足を滑らせて怪我をした。その知らせを聞いた時は心臓が止まるかと思ったし、実際驚き過ぎて頭は真っ白で口を開いても言葉にならなかった。その後の病院へは監督と臼井くんと一緒に行って、先生からの説明も一通り聞いたが、正直な所なにを言われたかあまり覚えていない。ちゃんとメモは取っているから後で見返せば大丈夫だとは思うけど、水樹くんが4ヶ月サッカーが出来ないと言う事実が大き過ぎてまだ頭の整理が追いついていないのは確かだった。



「お前さ、水樹のこと好きだろ」
「へ?」

そんなことを考えている時に投げられた問いかけに思わず間の抜けた返答をしてしまったが許して欲しい。だって、いきなり突拍子もないことを言う彼が悪いのだ。

「なんのこと?」
「誤魔化さずに答えろよ。好きなんだろ?」
「好きだよ。水樹くんだけじゃなくてサッカー部全員だけど」

とぼけるような私の返答にまた質問をぶつけてくる速瀬くんに対して、内心溜息をつく。でも正直、サッカー部のマネージャーを始めてからと言うもの、こういった質問が無い訳では無いので、いつも通りありきたりな言葉を返した。聖蹟サッカー部のみんなは大好きだ。その気持ちに嘘偽りは全くない。なので、大好きなサッカー部のキャプテンである水樹くんのことが好きなのは別段おかしいことじゃないはずだ。

「それはそうかもしんねーけど、水樹は特別じゃねーの」

うん、さっきまで優しくていい人だと思ってたけど撤回しよう。速瀬くんって案外しつこいのかな?私の答えを軽くスルーした彼は更に質問を投げかけてくる。サッカーは得意だけどキャッチボールは苦手なのか。そう言った意味を込めて少し彼を睨むと、存外真面目そうな視線が返ってきた。

「あいつだって満更じゃねーと思うけど」
「例えばだけどね。私が水樹くんのことを特別だと思ってるとしても何も変わらないよ。私はマネージャーとして水樹くんを、聖蹟のみんなを支えるって決めたの」

水樹くんがキャプテンに選ばれたあの時、力を貸して欲しいと頼まれたあの時にそう決めた。そのために私はマネージャーとしてやるべき事が沢山ある。確かに部員の中には彼女がいる人もいるのは知っているけど、残念ながら私は部活に恋愛になんて両方うまく出来るほど器用ではないのだ。

「じゃあ引退したら伝えるのかよ」
「だから...」
「例えばの話だ」
「...例えばそうだとしても、伝えないよ」
「水樹がプロ入りするからか?」
「...」

そう、これは例え話だ。例えば私が水樹くんを好きだと仮定しての話。なのに、速瀬くんの先程までとは違った真剣な声色の言葉が私を閉口させる。いつもなら軽いノリで返せるのに、なぜだか上手く言葉が続かなかった。

私はマネージャーで、やるべき事は全国大会を目指す選手達をサポートをすること。今はそのために目の前のことを必死にやるしかなくて、引退したあとのことなんて全然検討もつかない。だけど彼は、水樹くんは違う。この前の選手権予選後に彼はプロからスカウトされた。それは彼の努力が認められた瞬間でもあり素直に嬉しくて、でも同時に彼をどこか遠くに感じた瞬間だった。それでも水樹くんはスカウトされる前と全然変わった様子はなくて、いつも通り少し抜けていて、突っ込まれ、努力をし、そしてマネージャーとしての私を頼ってくれた。そんな彼と居ると、あの時感じた距離感も徐々に薄れていく気がした。だからこのままでいい。このままが、いい。

「あいつはそーいうの気にしないと思うけどな」
「そういう問題じゃ、ないんだよ」

無言の私を肯定と取ったのか、速瀬くんが続ける。なんとか絞り出した私の言葉はちゃんと届いただろうか。




迷宮セレナーデ




◇◇◇

---で、速瀬くんはなんで探してくれてたの?
---やっべ、水樹がお前のこと呼んでたんだった
---ええ!!
---と言うわけで行ってやってくれ
---この話した後に行けとか酷いよね!?
---大丈夫、お前ならやれる
---速瀬くんのバカ
---東城
---?
---辛くなったら話くらいは聞いてやる
---......ずるいなぁ、もう






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