DAYS



「先週の試合の直接フリーキックすごかったよね」
「俺は入ると思ってましたけどね」
「そうなんだ」
「あの選手の得意な角度だったし」
「やっぱり詳しいなぁ」



◇◇◇



そう言ってぺらりとサッカー雑誌をめくる先輩の姿を横目で見る。この人がたまの部活のない休日をこうやって俺の部屋で過ごすようになってから半年くらい経った。
うちの店に来るようになったのは部の消耗品を買いにキャプテンが連れて来たのが最初だったか。それから月に何度か買出しと称して2人で店を訪れていたが、気付けばキャプテンが一緒に来る回数が減った。先輩曰く「居残り練習したいらしいから」だったが、キャプテンは「俺が居たら君下、嫌だろ」とさも当たり前のように言ってきたから焦ったのを覚えている。普段何考えてるかわかんねぇのにそういう所だけ野生的なカンの良さを発揮してくるから厄介だ。
それからはまぁ、なんやかんやあって今では部活の用事以外でも家に来るような、所謂「恋人」と言う関係になっている。

「今年のJリーグはどこが優勝するかな」
「さぁ、まだわかんねぇよ」
「私はやっぱり広島とか鹿島に頑張って欲しいなぁ」
「...あんたはほんと好きだな、その2つ」
「うん、好き」

そう何の戸惑いもなく笑顔で即答する先輩に、なんとも言えない感情を覚える。
広島と鹿島。元々サッカーの知識がなかった先輩が気に入っているのがこの2チームだ。そしてその理由を部活で知らないやつはいない。
広島が好きなのはキャプテンと同名の選手が居ることでサッカーに興味を持つきっかけになったチームだから。鹿島が好きなのはキャプテンが卒業後に入るのが内定しているから。
サッカーに関して先輩の中で『水樹寿人』の存在はどうしようもなく大きい。マネージャーになった経緯や2人の仲の良さは知っているし、その2人の中に親愛以上の感情が無いのもわかった上で先輩と付き合った。頭ではそう理解しているはずなのに、こういうふとした瞬間にキャプテンに嫉妬する自分に腹が立つ。

「...なんスか」
「またいろいろ考えてるでしょ」
「別に...」

視線を感じて返した言葉は自分でも笑えるくらい不機嫌な声色で。それに気付かないほど鈍くはない先輩がいつの間にか読み終わったらしい雑誌を閉じてこちらを見ている。その視線は拗ねる子ども見る親のそれに似ていて居心地が悪く思わず目を逸らした。それでも先輩は特に何も言うでもなく静かに待っている。こうなると俺が言うまでこのままなのは今までの経験で理解しているので、膠着状態を打開するために渋々と口を開いた。

「あんたは...俺でいいのかよ」
「うん」
「キャプテンじゃなくていんスか」
「水樹くんとはそう言うのじゃないよ」
「...どっか食べ歩いたり、連れて行ったり出来ないっスよ」

俺と付き合う前、先輩がキャプテンや灰原先輩たちとよくアイスクリームやらクレープやらを食べに行っているのはよく見ていた。それにクラスの騒がしい女子たちが彼氏とどこへ行っただの、今度はどこへ行くなどそんな話で盛り上がっていたのを聞いたこともある。悔しいが俺にそんな余裕が無いのは事実で、面と向かって言われたことは無いが先輩もそういった欲がない訳ではないと思う。それ以外にも年下で大して頼りにもならず、別に優しいわけでもなし、サッカー最優先な俺は自分で言うのもなんだが彼氏としては最低の部類だろう。それなのに。

「敦くん」
「...」

ここで名前を呼ぶのは本当に狡いと思う。学校とプライベートをしっかり線引きしている先輩は、普段絶対に名前では呼ばない。2人の時にしか呼ばない呼び方をする先輩の表情はとても綺麗で、思わず息を呑む。

「私はこうやって一緒に他愛ない話ができれば嬉しいし、私のあまり上手じゃないお弁当をいつもちゃんと食べてくれるのも嬉しいよ」
「...そーかよ」
「それに、私の帰りが遅くなりそうな時は居残り練習延ばして待っててくれる優しさも知ってるしね」

そんな言葉だけで、先程までのイライラした気持ちが引いていく気がする俺は、喜一のことを笑えない程度には単純なのかもしれない。そう思っていると、それにね、と続ける声がする。その先輩の顔には先程までとはうって変わって悪戯をする子どものような笑顔が浮かんでいて。この先に続くのは嫌な予感しかしない。

「水樹くんに妬いてくれる所も好きだよ、愛されてる気がすっ...」
「佳那」
「わ...」

たぶん今俺の顔は赤い。それが悔しくて先輩が全てを言い終わらないうちに肩を押す。俺の下には少し目を丸くしている先輩の姿。残念ながらいつまでも大人しく主導権を握られる性格ではないので、ここら辺で攻めに転じてみるのも悪くない。そう考えると自然と口元に笑みが浮かんだ。




『ブーゲンビリアの恋心』




◇◇◇

----年上だからって余裕ぶってると襲うぞ
----うん、敦くんになら襲われてもいいよ
----なっ...!!軽々しくそんなこと言うんじゃねぇよ、タワケが!!
---えぇ、敦くんが言ったのに...
---っ...あんたちょっと黙ってろ!