DAYS



「ほらよ!」
「わん!!」
「おぉ!お前なかなかやるじゃねーか!」



◇◇◇



「どうしてこんな状況に...」

目の前の河川敷には楽しそうにサッカーボールを蹴る男が1人と、そのボールを追いかける大型犬が1匹。夕日を背にして走り続ける1人と1匹を私は河川敷へ降りる階段に座ってボーっと眺めている。
元々この河川敷は私とレオン(ボールを追いかけている1匹の方)の散歩コースだ。今は試験期間中で休日だが部活もないので、煮詰まった勉強の気分転換も兼ねて散歩に来ていた。

「おーい、佳那も一緒にやろーぜ!」

そこで出会ったのが今ちょうど目が合って、手を思い切り振りながら私の名前を呼んでいる犬童さんだ。練習試合や合宿で何度か挨拶を交わしたことのある彼は、近くでフットサルの試合をした後にも関わらず蹴り足りなくて橋の下で壁打ちをしていたらしい。そんなサッカー好きなところはうちの部員のみんなと同じなんだな、と思いつつもそれに付き合う体力はないので誘いに対してゆるゆると首を横に振った。その私の反応に残念そうに肩を落とすと、レオンを連れてこちらに向かってくる。

「休憩!」
「おつかれさま、レオンがごめんなさい」
「いやいや、こいつサッカーの才能あるかもな!」

ドカッと私の隣に座ってレオンの紐を手渡してくれる犬童さんは、満足そうに笑いながらレオンの背中をわしゃわしゃと撫で回している。レオンも褒められてるのがわかるのか、満更でも無さそうに尻尾を振っている。初めて会ったはずなのに妙に打ち解けている彼らを見ていると、大型犬が2匹いるように錯覚するのは犬童さんに失礼だろうか。

「犬童さんはホントにサッカーが好きなんですね」
「ん?」

座りながらもサッカーボールを手の上でくるくると上手に操る犬童さんを見ていると無意識のうちに言葉が漏れていて、言った後に思わずハッとする。私は何を言ってるんだ...キョトンとしてこちらを見る彼に慌てて弁解するように言葉を続ける。

「あ、いえ、さっきもすごく楽しそうだったので!」
「俺はサッカーに全て捧げてるからな!」
「全て、ですか」
「おう、サッカーは楽しいぜ」

そう言ってにしし、と笑う犬童さんが眩しく見えたのはきっと夕日のせいじゃない。本当に、心の底からサッカーというものを愛している。その思いの強さが同じようにサッカーを愛するよく知る人物と重なって見えて、思わず私の口元も緩んだ。

「あ」
「え?」
「佳那が笑ってるの初めて見た」
「あれ、そうですか?」
「あぁ。いっつも大体困った顔しか見なかったからな」
「...」

そう。実は犬童さんはどちらかと言うと苦手だった。それは別に犬童さんが嫌いとか言うわけではなく、ただ、彼とは水樹くんと一緒の時に会うことが多かったからという理由でだ。2人が揃うとどうしても言い合いになる。それを私では止める事は出来ないので、出来れば出会わないように...と思っていたから、出会ってしまった時にそれが顔に出ていたのかもしれない。それが事実だとすれば、申し訳ないことをしていたと思う。

「すいません、犬童さんが悪いわけじゃないんです!」
「水樹とのことだろ?」
「あー...えっと、はい...」

私の思いなんかバレバレだったようで、私が弁解する前に指摘される。もう1度、すみません、と言うと気にしてねーよ、とまた笑われた。いい人だ。

「犬童さんは...」
「それやめよーぜ」
「え?」
「呼び方。同い年なんだし、かおるちゃんでいいって」

話しかけようと名前を呼ぶと、その呼び方が気に入らなかったらしく訂正された。でも流石にそれは無理...というか同級生を名字以外で呼ぶことなんて殆ど無いに等しい私にとってそれはハードルが高すぎる。

「犬童くん...」
「か・お・る」
「かおる、くん」
「まー、いいか。あと敬語もなしな」

少し緊張しながら呟いた名前に完全にとまではいかないが、納得してくれたようだ。それにさらりと追加要求を決定してくるあたりなんというか、強引である。

「よーし、佳那の笑ったとこも見れたことだし帰るかー」
「あはは、なにそれ」
「あ」
「うん?」
「髪になんかついてる、ちょっと動くなよ」

立ち上がって服についていたゴミを軽く払っていると制されて、なにかと思ったら髪についていたゴミをとってくれるらしい。強引だけど割と優しいところもあるから、やっぱりいい人なんだと思う。苦手意識も克服しないといけないかな。思わず目を瞑ってそんな事を思っていた瞬間。

「東城」

よく知った声とともに体を後ろに引かれ、気付いた時には誰かの腕の中にいた。

「水樹、くん...?」
「うん」
「どうしたの?」
「こいつの散歩してたらお前らを見かけた」

急な出来事について行かない頭をなんとかフル回転させて、聞き間違えるはずのない声の主の名前を呼ぶといつも通りの落ち着いた声が返ってくる。ちらりと横を見ると水樹くん家の柴犬がレオンにじゃれてるのが見えた。あぁ、そうか。水樹くんのとこもこの河川敷が散歩コースだった。それでなんでこの状況になっているのかはわからないけれど、早く抜け出さないと目の前のかおるくんも驚いている。というかこの2人が出会うとまた言い合いになるので、それはなんとしても避けたい。

「そっか、私ももう帰るとこだったから一緒に散歩しながら帰ろうか」
「キスしてるのかと思った」
「へ?」

早く帰ろう、と腕を離しながら促そうとしたら、あまりに予想外の言葉に思わず変な声が漏れる。キス?誰と誰が?

「なに、水樹。お前俺と佳那がキスしてるように見えたの?」
「あぁ。東城はやらんぞ」
「ちょっ...」

あぁ、もう。何を言い出すのかと思ったら...ほら、目の前のかおるくんがニヤニヤしてる。これ以上めんどくさいことになるのは嫌なので早く帰りたい。

「お前ら付き合ってんの?」
「付き合ってません!」
「ほんとかぁ?」
「ほんとですー。かおるくんのバカ、水樹くん帰ろう?」

絡んでくるかおるくんを振り切りながら、水樹くんの腕から抜け出してその背中を押す。その時の水樹くんはなにか気になったのか、少し首を傾げていたがすぐに歩き出してくれた。

「水樹ー、佳那ー、またなー!」
「あ、うん、またね!」
「東城、あんなやつに構う必要は無いぞ、アホがうつる」

背中にかかる声に思わず振り返って挨拶をすると、水樹くんが不貞腐れたように言った。相変わらず仲良くないなぁと思っていると、リードを持っていない方の腕を引かれる。なんとなく掴まれた腕が熱く感じたけど、それはきっと気のせいということにした。




『夕焼けバラッド』




◇◇◇

-----かおる、なにかいい事あったの?
-----聞いて驚け!あの水樹の嫉妬を見た!
-----東城さんになにかしたんだ
-----俺は何もしてねーよ!
-----まぁ、ほどほどにねー



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