「二宮さん」
防衛任務が終わり、隊員と共に隊室へ向かって足を進めていたところ、後ろから声を掛けられた。声の主は梨本彩里。トリガーの横流しの容疑を掛けられている部下である鳩原の弟子だった女だ。一応うちの隊とは面識があり、犬飼、氷見と挨拶を交わしている。
「何か用か」
「お願いしたいことがあって…」
ちらりと他の隊員たちに視線を向けたのがわかった。こいつが周りの奴らを気にするということは鳩原関連のことだろう。「先に行っていろ」と声を掛ければ、了解と三人は足早に隊室へ向かいだす。その様子を見て梨本もほっと胸を撫で下ろしていた。
「鳩原のことか?」
「あ、違います。これを渡したくて」
「なんだこれは」
「知らないです?ガチャガチャです」
二宮さん良いとこの坊っちゃんそうですもんねと続ける梨本に舌打ちを鳴らす。俺を見ては冗談ですよとへらっとする姿は、あの女そっくりな笑い方だ。
「余計なものをよこすな」
「二宮さんにじゃないです。辻先輩に」
「辻に?」
「ウーパールーパーが欲しくてやってたんですけど、恐竜が出てきたので…。確か好きでしたよね」
確かに辻は恐竜が好きだ。隊室の一角に置物が置いてある。辻の女が苦手な様子を見ると直接話したということはないだろう。鳩原や犬飼が話したか、以前隊室を訪れたときに見たってところだろう。
「いらなかったら処分していいって伝えてください」
「お前が直接渡せばいいだろう」
「できるならやってますよ」
残念ながら、辻先輩とはお話できませんから。と続ける。その表情は落胆や残念といったものではなく、当たり前のことをそのまま受け入れている顔だった。
「お前、避けられていることを気にしてないのか」
「気にするもなにも、辻先輩が異性が苦手なのは有名じゃないですか」
「こういうものを渡して、話しをするきっかけを作ろうとしたんだろう?」
俺の質問の何が面白かったのか、笑い始めた梨本に、再び舌打ちを鳴らす。
「そんな訳ないですよ、好きなものが好きな人に渡った方がいいと思っただけです、それに私…」
「あぁ、お前、玉狛の空閑がお気に入りだったか」
「お気に入りって…」
頬を赤らめる梨本の様子に、以前のこいつからは想像ができないなと考える。最初に会った時から無愛想な奴だと思っていたが、鳩原が消えてからは特に酷い有様だった。
「とにかく、辻先輩によろしくお願いしますね!」
「わかった。渡しておく」
「ありがとうございます」
じゃあこれでと、俺に頭を下げ背を向ける。あの頃よりも前を向いて歩く姿に、鳩原が居なくなった傷を、時間と周りの隊員との関係で埋めているのだろう。
「梨本」
「はい?」
足を止め、くるりとこちらを振り返る。
「今度焼肉行くぞ、空けとけ」
梨本、了解!と笑い、軽い足取りで去っていった。後日、辻の恐竜の足元に、小さい恐竜の置物が増えていた。