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「アヤリ」
深夜二時、自室で今日も眠れない夜を過ごしていた。処方されている薬は飲んだ、少しずつウトウトと思考は落ちるが意識を手放すほどではない。そんな状態にもう慣れてしまった。そろそろ意識を手放すことができるのだろうか。回らない頭で考えていたら、突然、部屋の窓がガラガラと開いた。
音の主は空閑遊真くん。私は自室にいる間、窓の鍵を開けている。ある日彼が窓から訪問してきた日から窓の近くに靴箱の代わりとなる棚を置いて、彼がいつでも来ても大丈夫なようにしたのだ。ましてはここはボーダーの管理する場所なので、一般の泥棒が入る可能性は僅かなものであるし、そもそも一般人がここまで来れるわけがない。常にトリオン体である、空閑遊真だからこそできることだった。
私が驚いたのは時間だ。彼は私の睡眠を気にしてくれているため、深夜の訪問など滅多にない、それも連絡なしで。何かあったのだろうか。少し身体を起こしてベッドの脇に立ったままの彼の名前を呼ぶ。
ぐるんと、私の視界が回転した。私の回らなくなってきている頭じゃなにが起きたのかわからなくて、身体に掛かる人の重みと感じない体温、背中に回されている腕、視界の端に映る白いふわふわとした髪を確認することで、抱き締めながら倒されたことを理解する。首元にずっと顔を埋めて動かない彼の意図が読めなくて、そっと頭に手を当て名前を呼ぶ。私の声にぴくりと反応があるのがわかった。
それからだった。私の名前を何度も、何度も呼び始めた。あやり、アヤリ。名前を連呼されては、私の名前はそれだったのだろうかとゲッシュタルト崩壊を起こしそうなほど、何度も呼ぶのだ。その声は震えているようにも聞こえるし、そういうことをする時のようなものにも聞こえるし、普段のようにも聞こえるし。たまに頭をぐりぐりと動かしたり、首の角度を変えながら呼び続けるのだった。
「アヤリ、あやり、アヤリ」
「どうしたの?」
「アヤリ…」
「遊真くん?」
私が名前を呼べば、再びぴくりと反応して、名前を呼ぶ声が止んだ。本当にどうしたのだろうか、出会ってまだ短い期間ではあるが、恋人となった彼のこんな姿を見るのは初めてだった。普段はひょうきんな一面を持っているのに、戦闘になると冷たい面も持っていて、現実主義者。小さい身体、幼い顔立ちからは想像つかないほど男の人の一面だって持っている。私はそんな彼が今となっては立場なんて関係なくなってしまうくらい愛しくてたまらない。だからこそ初めて見せるこの姿を心配ではあるが、それ以上に嬉しいことだった。
「どうしたの?」
先程、答えてもらえなかった質問をもう一度投げかける。返答は今回もない。
「大丈夫だよ」
なにが?と聞かれたら私も答えることは出来なかっただろうけれど、その心配はいらなかったようだ、この質問にも返答はない。
「好きだよ」
自ら好意を述べることにまだ恥ずかしさは残る。それでも彼と一緒にいることのできる間にたくさん伝えていきたいと思っていた。彼の白い髪に顔を寄せて、ふわふわした感触を頬に感じながら「好きなんだよ」ってもう一度呟く。背中に回されている腕に力が入ったのがわかった。ぎゅっとさらに彼と密着しでも私は彼から匂いも体温も感じることはできない。それでも応えたくて、頭に置いていた片手と空いていた片手を彼の背中に回して力を込めた。
ゆっくりと彼が動き出した。私は彼のことを邪魔しないように力を抜いて、彼の行動を見守る。身体が離れて、彼の赤い眼に貫かれる。嘘を見抜くその目はたくさんのものを見てきたのだろう。真っ直ぐ私のことを捉えるその目は何を確認しているのだろうか。私は応えるように見つめ返すことしか出来なくて、ただこの静寂も恥ずかしくて、つい「遊真くん?」と名前を呼んだ。そんな私を見て、想像してなかったのか少し目を開いたあと、ふっと目を細め、口を緩める姿を見て、あぁいつもの遊真くんだと私は安堵を込めて微笑み返す。

「おれだけのものになればいいのに」

私の頬に手を置いてそう呟く彼は、少し眉を下げて寂しそうな顔をしていた。私は彼の手に自分の手を重ねる。

「うそつき、そんなこと思ってないくせに」

そう彼に微笑みながら告げれば、彼から言葉はなく再び私のことを抱き締めた。私も彼に応えるように腕を回す。
「私だって遊真くんの一番にしてもらえないじゃん」
「そんなことないぞ」
「そんな遊真くんは私の知ってる遊真くんじゃないなあ」
そう笑って言えば少し怒らせてしまったのだろうか、抓られてしまう。イテテと呟けば、ふふっと笑った声が聞こえた。よかった。
「遊真くんはそれでいいんだよ」
「……」
「それとも私に王子先輩やユズルより遊真くんを優先してほしい?」
「……それはアヤリじゃないな」
「でしょう?」
だからいいんだよ、って伝え続ける。なんで遊真くんが「おれのものに」って口にしたのかわからないままだけど、遊真くんが少しでも元気になるのであればなんでもいい。
「遊真くんが修くんと千佳ちゃんを大事に思ってるの、わかってるから」
「おれも、アヤリのことわかってるつもり」
「ありがとう」
なんでこんな話してるんだっけって二人で顔を見合わせて笑ってしまった。遊真くんの笑顔が好きだ、少しでも長くたくさん笑っていてほしい。隣で長く見ていたいけれど、遊真くんが笑えるならば相手は誰だっていいと思う。
「私たちはお互いがお互いのものになることはきっとできないけれど、それが私たちだと思うから」
「うん。でも、おれは」
「うん?」
「アヤリと一緒にいたいっておもうし、他の人よりもおれといてほしいよ」
「そんなの私だってそうだよ」
「ならよかった」
「一緒にいれる時間は、一緒にいようよ」
「りょーかい」
話し込んでたら時計の針はかなり進んでいて、この後どうする?なんて問えば、アヤリが寝るまで一緒にいるなんて言ってくれるものだから、二人で横になって私だけ意識をゆっくりと手放していった。隣から「おれもすきだぞ」って声が聞こえた気がして、私は彼の手を握って意識を手放した。