※2年生捏造
「泉先輩!私、泉先輩のことずっと好きで…。私と付き合ってくれませんか?」
突然の告白に周囲がザワザワと騒がしくなった。騒ぎの中心は野球部の泉孝介くんと一年生の女の子。女の子の友人らしき子の姿が見えるため、告白するために二年の階まで来たのだろう。今どき呼び出し等ではなく、こんな大勢の前でとはすごい勇気だ。
私はというと、今日の部活の打撃練習の相談をしに、花井くんを尋ね、たまたま一緒にいた田島くんと三人でこの現場に出くわすこととなった。花井くんは「まじかよ…」と田島くんは「漫画みてぇ!」と呟いている。
「あの子、どこかで見たことある気がする…」
「あれだろ!たまに練習覗きに来てた子!珍しーと思ってたんだよな!」
「あー、いたわ。外野からだとよく見えるとこに。」
「言われて見ると…!千代ちゃんがマネジ希望かなって声掛けたって言ってた子たちかも」
「マネジ希望じゃなくって泉狙いだったと…」
三人で納得…と呟いて現場を見る。
一年生で、ふわふわの髪、くりくりとした大きな目の誰もが可愛いと思う小柄の女の子だ。泉くんから見たら丁度上目遣いになっているだろう。今も泉くんにどんなところが好きかなど、周りの目を気にせず伝えている。女の子の言葉を泉くんは真っ直ぐ、真剣に聞いているようだった。
(…………複雑)
私自身、泉くんの気持ちを知っている。それに応えずに今も2人で部活後に練習して一緒に帰ったり、泉くんから素敵な言葉を沢山貰っていたりする。それを全部はっきりさせず、今の関係に甘えて何もしていないのは私のほうだ。
(本来だったら、ああいう気持ちを伝えてくれる子の方が泉くんにも良いはずだよね…)
自分がずるいことをしているような気がして、真剣な女の子を見ると申し訳なくなった。
(ここにいるの、なんか気まづいな…)
未だに現場を見守る花井くんと田島くんに、教室戻ることを小声で伝え、その場を離れようとした。
突然腕を引かれ、私はその場を離れることを許されなかった。驚いた私が振り向くと、腕を引いたのは今一番の注目を集めているだろう泉くんだ。私の腕を引いてもなお、相手の女の子に向き合っているため表情は伺えない。女の子は凄い驚いた顔をしている。
「泉くん、今は…」
「ちょっと黙ってろ」
真剣な声色に、自然と口が閉まる。
「気持ちは嬉しいけど、俺、こいつにぞっこんなんだわ」
悪いなと私を指刺して女の子に伝えている泉くんの顔は至って真剣なものだった。周囲は泉くんの言葉に、女の子の黄色い声や男の子のヒューっと言った声で盛り上がる中、私は顔を赤くすることしかできなかった。そんな私を睨みながら女の子は口を開いた。
「椎名深琴先輩ですよね。泉先輩が椎名先輩のことを思っているのは私だって知っています!椎名先輩は泉先輩の気持ちに何も応えていないじゃないですか!泉先輩の気持ちを知っていて何も応えずにずっとそのまま。泉先輩をキープしているだけじゃないんですか!?泉先輩が可哀想です!」
私の方がずっと泉先輩を大好きなはずなんです。と先程までの可愛らしい声とは打って変わって声を荒らげる女の子。図星でしかなかった。心臓がドキドキなる。不安と自分でも気にしていた所を突きつけられて、冷や汗が出てきている感覚。女の子は真っ直ぐ私を見ている。その視線に何か言ったらどうですかと訴えかけられているようだ。
「わ、私…」
「それが何?」
私の言葉を遮って、泉くんが言葉を発した。少しだけ怒りの混ざった声色だ。
「俺が勝手に好きになって、告って、好きになって貰おうと動いてんだよ。別に返事も欲しいなんて言ってないしな。寧ろ返事がないってのはフラれたわけでもないから、こいつが俺を好きになる可能性があるってことで都合いいんだわ」
後輩に対して言葉は選んでいるが強めに発する泉くん。私の腕を掴む手に力がギュッとこもった。
「椎名、行くぞ」
そう言って私の腕を引いて、場所を移動しようとする。目的地もわからない私は引かれる力に着いていくことしかできなかった。
ふと、後ろを振り返って女の子を見ると、友人に支えられ目に涙を溜めながらこちらをじっと睨むように見つめていた。
(恋って可愛くも、怖くもなれるんだな…)
泉くんに連れられて、来たのは外にあるベンチだ。いつもはお弁当を食べる人達が使っているが、昼休み終盤となると空いているベンチがちらほら伺える。泉くんが座れよって言うので座ると、隣に泉くんも腰をかける。
「で、なんでおめーが落ち込んでるんだよ」
「別に落ち込んでないよ」
「嘘つけ。どんだけ俺がお前のこと見てると思ってんだ。なめんな」
泉くんの真剣な眼差しに、反論できなくなる。目を合わせることができなくて、下を向くと逃げんなよと声をかけられた。
「私、泉くんの気持ちに何も応えてないなって。さっきの女の子が言ってることその通りだなって」
「おう」
「だから、なんか罪悪感というか。申し訳なくなって、ああやって真っ直ぐ気持ちを伝える子の方がいいんじゃないかって思って、泉くんのことを好きな子たちに申し訳ないけど、私もだからはい消えますってできないなんて思ってしまってるのですよ…」
「それで落ち込んでるんだ」
「まぁ、そんな感じですかね…。」
ふーんと呟く泉くんの顔はどこか嬉しそうだ。何にそんなにもニヤニヤできる部分があったのだろうか。泉くんの表情と私自身の気持ちが噛み合わなくって余計に混乱する。このままここに居続けるのは自分がおかしくなりそうだ。
「そんな感じなの!話した!もう教室戻っていい!?」
「まだダメ」
立ち上がってそのまま教室に逃げようと思ったが、また腕を引かれ座らされてしまった。どうやら今日の泉くんはなかなか離してくれないようだ。
「俺さ」
「うん」
「お前と部活で今いっぱいなんだわ。さっきの子に言ったことに何も嘘はないしな。返事も今はいらない、その代わり最初に言ったみたいに最終的に絶対惚れさすつもりでいるわけよ」
「……」
「だから、俺が告られてお前がモヤモヤしてるのはすげー嬉しい」
その言葉を聞いて、私はまた顔を赤くすることになった。嬉しそうな理由はそれか。泉くんと一緒にいるようになってから、ドキドキすることばかりで、意識しないなんて無理な話だ。なんてことは泉くんに伝えると調子に乗りそうなので今は伝えないが、泉くんなりに、成果を感じているのだろう。今もとても優しい表情で見つめられていて心臓がもちそうにない。恥ずかしくって顔があげられない。
「椎名」
名前を呼ばれ、反射で顔をあげようとすると、また泉くんに腕を引かれ、倒れ込むような形になった。すごく小さなリップ音と共に額に柔らかくて暖かいものが触れる。私はすぐにその正体に気付き体をすぐに起き上がらせ額を抑えた。
「顔真っ赤、いい気味」
もうチャイム鳴るし戻ろーぜと、ひとりで立ち上がり校舎の方へ向かう泉くん。私はまだ熱を感じる額から手を離し、呆然とその体勢から動けずにいた。
(こんなの、意識しない方が無理だよ)
いつの間にか結構遠くにいた泉くんに、手招きしながら置いて行くぞって呼ばれ、私は立ち上がって彼の元まで走った。