夕食時は過ぎた時間、チャイムが鳴りバッカスは玄関を開けた。そして客人であるエミリオと軽く挨拶を交わしながらリビングへと案内する。
そこには重い表情のリムルが居り、彼女との挨拶は交わさずエミリオはソファーに腰を降ろした。
「コーヒーでいいか?」
「ああ、……砂糖多めで頼む」
「分かってるよ」
不器用に笑い、バッカスはキッチンへと向かう。
リビングの二人は暫く口を閉ざしていたが、時計の針が五月蝿く感じたエミリオが切り出す。
「私に、何を訊きたい?」
問いに対し、少女は覚悟を決めた哀しい瞳を返した。
「……スタンさんは」
キッチンからコーヒーを用意する音が聞こえる。
「スタンさんは今、何処に居るんですか……?」
「…………」
全てを語った時、そこに少女の姿は無かった。
代わりに父親が、空になったエミリオのマグカップにコーヒーを注いでいた。
「真実を語るというのは、こんなに精神が磨り減るんだな」
「大丈夫か?」
「その言葉は自分の娘に掛けてやれ」
コーヒーを受け取り、すぐに口を付ける。すぐに砂糖を入れていないことに気付くが今はどうでもよかった。
「何をやっているんだろうなァ、私は」
普段は避ける苦味でさえ、感情を上書きする事は出来ない。
「アイツの筆跡を真似て手紙まで書いて、そこまでして守るべき嘘なんだろうか。記憶が無いのを良い事に、つくづく最低な大人だな」
「カイル自身の防御本能がそうしたんだ、それを刺激する様な事は可能な限り避けるべき……そうだろう?」
「理解はしても未だ納得していないというのは、どういう事だと思う?」
「……恐ろしいんだろうな、あの子に憎まれる事が」
バッカスの答えを、自嘲する様に笑ったエミリオは額を押さえ天井を見上げた。
「もしもその時が来たら、どうしたらいいのかさっぱり分からない。リムルは覚悟を決めて真実を求めた……だがカイルはどうだ? まるで父親の存在を証明するかの様に英雄の称号に固執しているアイツは……あの日の現実に夜毎魘されているアイツは……」
「リオン」
名前を呼ばれ、我に返る。
「……悪い」
「それだけ、大事な家族だって事だろ?」
「そう……そうだな、そうなんだろうな……」
どれだけ歳を取っても心とはままならぬモノだと笑う。嘲る様に、そしてどうしようもない負の感情と共に溜め息を溢す。
それから漸く、コーヒーの苦味に眉をしかめた。
「……何でお前はこんな苦い物が飲めるんだ」
「俺は、何でそんなに砂糖を入れたコーヒーが飲めるのか疑問なんだけどな」