再び静かな睨み合いが始まると思われたが、小さなノックの後に現れたリムルにより皆の意識は彼女に向けられた。
「リムル、エミリオさんの話終わったの?」
「うん、今夜一緒に、二人で飲まないかって」
「へー、なんか大人の男って感じだね! いいなー、俺も早くお酒飲めるようになりたいよ」
「そうね……でもお酒で失敗した人も居るから気を付けないとね」
そう注意の言葉を告げるリムルの視線はロニに向けられている。それが何故かはカイルでさえ疑問に思わない。
「……なんだよ」
「や、前に酔った時に変なツボ買わされてたなー……ってさ」
「人ってのはな、学習するんだよ」
据わった目が色々なモノを物語っている、あまり触れるべきではないのだろう。
「いいか、自分の限界を知っておかないと後から痛い目見るぞ」
「そのアドバイスだけなら年長者らしいんだけどね」
「俺だって好きで騙されたんじゃねェよ。リムルもリアラも、酔わせて他人に変な物売り付ける様な女になっちゃ駄目だからなっ」
「例えが具体的過ぎるわよ」
冷静なリムルの指摘に苦々しい顔でロニは何かを噛み締めている。
年長者としては何とも情けない、だが年長者だからこそのその姿に皆はそっとしておく事を心の中で決めた。
「ユダ、お酒ってそんなに飲みたくなるくらい美味しいの?」
「……人によるだろ。苦い物があれば、甘い物もある」
「甘い物は分かるけど、苦いのかァ……大人って不思議だね」
「そうね、でも大人になると味覚が変わって苦手な物が食べられるって言うし」
リムルの言葉にリアラは首を傾げながら反応する。
「そうなの? 克服する、とかじゃなくて?」
「ええ、味覚が変わるんですって、父さんが言ってたの」
「不思議だなァ……ユダはどうだった?」
「……僕はべつに、特別変わった事は無いが。それよりお前等何時まで此処に」
ユダが上げようとした抗議の声をカイルが遮った。
「ああ! コングマンにサイン貰えばよかった!」
「いる? コングマンのサインなんか……」
心の底からのリムルの疑問をリアラも抱いたのか難しい顔をしている。ついでにユダも考え込んでいた。
だがカイルの意見は変わらない。
「だってチャンピオンだよ!? チビ達が喜ぶよきっと!」
「男子はまあ、喜ぶ、かしら……? 正直アイツのサインってあちこちにあるから目新しさというか、有り難みが無いのよね」
「リムルはサインとかって書かないの? 闘技場の有名人なんでしょ?」
「名声が欲しくて闘技場に居るわけじゃないもの」
リムルらしい意見にリアラが何やら考えている一方、カイルもある意味カイルらしい言葉を口にする。
「って事は、リムルのサインって高く取引出来ちゃうって事か……母さん言ってたんだ、こういうのは気を付けた方が良いって」
「貴方、ルーティさんから何を教わってるの?」
「んー、15ガルドのりんごを30ガルドで売る方法とか」
「ちょっと興味あるのが悔しいわね」
英雄よりも商人に向いているのではなかろうかと誰もが思うが、口にしない冷静さがこの場の全員にあった。