「……馬鹿は、死んでも治らないと昔の人は言っていたらしいな」
「人妻の何がいいのかさっぱり分からん」
「人妻云々の前にリリスだからだろ」
「お前が言うと説得力があり過ぎるな」
こうして肩の力を抜いていられる時間が大切だと自覚出来る程度には疲労感を覚えている。せめてこの街を出るまでこんな時間を過ごしたいと思うのは当然だろう。
だが否定するわけにはいかない現実は常に傍にあった。
「死んでも治らない馬鹿もきっと居るんだろうなぁ」
「……何故、カイルを連れてきた?」
バッカスの問いにゆっくりと視線は床に落ちた。
「憎い相手だと、剣が鈍って仕方ない」
「……嘘、だろ?」
「こんな嘘を吐く程暇じゃないんでな」
その通りである上に、彼はそんな性格ではない。
友人の性格をよく知っているバッカスは荒げそうになる声を抑える為に息を飲み込んだ。
「復讐は何も生まないとは言うがな、そんなの分かりきっている事だ。生まないからなんだ、仇が生きているという現実が許せないだけだ……それだけなんだ」
普段では吐き出せない言葉だろう、彼の傍にはあの子が居るのだから。
何が正しいのかは未だ分からない。だが弱音を吐く事は許されない、それが皆で背負った罪に対する罰なのだから。
「しかもな、奴の背後にエルレインが居る可能性が出てきた」
「……冗談だろと、訊かせてくれないんだよな、お前は」
「答えが見えないというのは本当に腹立たしい事だな」
彼は笑う、その意味を理解出来ないはずもない。
「困っている人が居る、だから助けたい。単純で、だが難しくて……アイツはそれをやりたいと言う。アイツと同じ目で、世に出たいと言う……」
右目に力は無い、知らない人が見れば驚くことだろう。
「何も知らずにアイツは、見えもしない、見える事は無い背中を追い掛けている……酷い話だな」
「……“何時か”は、必ず来る」
「ああ……それはきっと、遠くない」
確証は無いが、何故か確信を抱いていた。
それが何時だったかは、今は思い出す気力は湧かないが。
「……今の私を見たら、彼女は何と言うかな」
それは無意識に出た言葉だった。