私室としている客間のベッドに倒れ込んだエミリオは、天井を見上げ深く長く溜め息を吐く。
「船の確認……周辺調査の報告……、……いや、今は止すか……」
今は身体を休めるべきだと、分かっているのに頭が切り替えてくれない。子供の頃から変わらない、直さなければならない悪癖。
リーネでも仕事をしていたのだ、直せるかどうかすら怪しいが。
「……少しは、良くなったのだろうかな……なあ、イレーヌ……」
この街に来る度に想う、誰よりもこの街を愛した女性。
オベロン社による改革で貧富の差は昔と比べ格段に改善されただろう。職種や雇用の窓口が増え、貿易に関してもやや波はあれど安定の域を脱してはいない。
何より、人々の意識が大きく変わった。
「なのに……一番居るべきお前が居ないなんてな……」
人々の意識は“皆の為に”命を散らした女性の志によって纏まった。真実を知る者からすれば、皮肉な事でしかないのだが。
誰よりもこの街を愛し、誰よりもこの街を憎み、自らその人生に幕を下ろした、愚かで優しい人。
「……一体何人、目の前で死なれればいいんだ」
そう呟き、目を閉じて現れるのは血の繋がった姉と、二人の少年と、二度と目を開ける事は無い唯一無二の親友。
片目を失っても守れなかった、守られてしまった、変えようのない現実。
「……くそっ」
身体を起こし、乾いた喉を置いあった水で潤す。
悪い意味で気が昂っている、そう感じ意識を別の方へ向けようと深呼吸をした。そうして脳裏に過るのは、“彼女”の事だった。
「……どうしてこうも」
理由は分かっている、似ているのだ過去の自分と。周りを拒絶し、なのに孤独を嫌う、どうしようもない子供だった自分と、だから気に掛けてしまう。
しかし本当にそれだけなのか、晴れない霧が心の底にあるのも確かだった。
「…………」
手放してはいけないと、何かが叫んだ気がした。
エミリオは部屋を出ると、彼女に当てられた部屋へ向かいドアをノックする。暫く待っても返事は無く、僅かに生まれた焦りを抑え静かにそれを開いた。
中は明かりは点けられておらず、カーテンも閉められ暗い。だが廊下からの光で何も見えないというわけではなく、見知った部屋に入った彼はベッドへと足を進めた。
「ん……」
ベッドの中で彼女は身動ぐ。起こしてしまったかと足を止めるが、そうではないと気付き更に近付いた。
「ぅ……んん……」
身体を丸めた彼女は僅かに呼吸を乱している。よく見ると涙が流れており、何かに耐えるかの様に布団を握り締めていた。
「や……や、ぁ……に……さ……っ」
「…………!」
一瞬走った悪寒、考えるよりも先に彼の手は苦しむ彼女の手を握る。
夢の中で苦しむその姿が、甥と重なってしまったからだろうか。
「や、だ……も……や……だ……」
「……大丈夫、大丈夫だ」
導く様に、優しく彼は語り掛ける。せめて夢の中だけでも穏やかであるようにと。
「…………、……」
「ん……?」
「…………さ……ま……」
誰を呼んでいるのだろうか、上手く聞き取れなかったが彼女にとっては心穏やかであれる人なのだろう。
その証拠に、口元には笑みが浮かんでいた。
「…………なあ」
何故こんなにも、この顔が安心出来るのだろうか。
「お前は……一体誰なんだ……?」