ノイシュタットに到着したのは夕食時もとっくに過ぎた深夜に近い時間帯。普段は賑やかな街もこの時間では一部を除き静かなもので、ひっそりとした雰囲気に包まれていた。
「ふぁあ……静かだなぁ……」
「この時間じゃバーくらいしかやってないだろうしなァ。エミリオさん、このままオベロン社に?」
「ああ、最優先事項は身体を休める事だ。船の報告は後でも――」
此方に向かってくる足音に気付きそれを確認すると、やはり男性が一人此方にやって来ていた。
その人物が手を上げ声を掛けようとした直前、欠伸をしていたカイルが声を上げる。
「バッカスさん!」
「おーっと、元気だなカイルは」
苦笑いで彼は駆け寄って来たカイルの頭をやや乱暴に撫でた。カイルが突然目を覚ました事に加え、まるで親子の様な光景に驚いているリアラにロニが教える。
「バッカスさんはスタンさんの親友で、んでもってリリスさんの旦那さんなんだ。カイルがなつくのも分かるだろ?」
「そっか……うん、納得するわ、バッカスさんって凄く優しそうな人だもの」
言葉通り眠気が吹き飛んだカイルを宥めながらバッカスは溜め息を溢すエミリオに顔を向けた。
「や、よく来たな、お疲れさん」
「ああ、リリスに世話になった」
「そうか、船が襲われたと聞いて予想はしてたけどやっぱりか……尾根越え大変だったろ、早く休みな」
「そうする。……っと、お前にリリスから届け物があったんだ……ロニ」
エミリオの言葉にロニは“それ”と空の弁当箱をバッカスに手渡した。
渡された方は少し困惑すると同時に、気付いたのか口を半開きで視線を泳がせる。
「あー……」
「お前の娘は何の修行をしてるんだ」
「彼女の娘だからな……」
「それで納得してしまう辺り私も大分毒されてるな」
横で大きく首を縦に振っているジョブスには敢えて反応はせず、エミリオはオベロン社ノイシュタット支部へ向かう。
バッカスを含めた皆も彼に続き、静かで綺麗な街の中を進む。
「バッカスさんあのね、リリスさんのご飯すっごく美味しかったんだ」
「そりゃそうだ、なんてったって俺の奥さんなんだから」
「リムルはどうしてるの?」
「相も変わらず修行三昧だよ。今日だって闘技場に行ってるんだ、筋金入りさ」
困った様に、だが嬉しそうにバッカスが答えれば、カイルもまた笑顔になる。
街に着いたからなのか、疲れも相俟って皆の肩の力は抜けていた。しかし一人だけ、全く違う場所に視線を向けている姿があった。
「……全く……違う……」
小さな声で呟き、遅くなりかけた足に意識を向け皆を追う。
千年後の世界を既に見た筈なのに何を驚いているのか。嘲笑と、言い表せない孤独感を隠してただただ歩いた。