「ふー、ユダが居たら晶術使う必要無いね」
「……お前に使わせるぐらいなら自分の骨を折った方がマシだ」
「それは言えてるかもな」
珍しいロニの同意にカイルの頬が膨れた所でジョブスが場を指揮し、四人は新たなモンスターの襲撃しつつ再び歩き出す。
己の経験から戦闘音でモンスターが集まる可能性が高いと皆に伝えた軍人だったが、以降モンスターが現れなければその気配すら感じないまま十数分程で水が流れる広い通路へと出た。機械音も聞こえ、目的地はすぐそこなのは間違いない。
「うーん、肩透かし」
「でも出ない方が良いじゃないですか、余計な体力使わないし」
「まあそりゃそうだけどな、こんな狭苦しい所で戦闘なんてしたくないもんだ。しかし、初戦が早かったからあっちもやる気満々だと思ったんだが」
ロニに同意しながら予測が外れ何処か不満げなジョブスの視界の隅でユダが流れていく水を見下ろしている。それに声を掛けたのはカイルだった。
「どうしたの?」
「……べつに」
「ユダ……もしかして調子悪い?」
「検討違いも甚だしいな、観察力が足りない」
鼻で笑いながら屈むと彼は素手で水に触れた。途端目的地がある上流ではなく下流を見て、腰を上げながら手の水を払う。
「来るぞ、モンスターだ」
「えっ?」
「逆流してきてる、さっさと迎撃準備をしろ」
水から離れナイフを抜いたユダの指示通り他の者も得物を手に見た目には大きな変化の無い水流を見た。
事が起こったのはそれからほんの数秒後、派手な水飛沫が上がる。直後そこから飛び出した半透明の太い触手が一本ユダを狙うもナイフの一振りであっさり斬り落とされ地面に跳ねた。
水飛沫が治まり姿を見せたのは緑の核を中心に持った、ロニよりも大きい巨大スライム。
「おいおい、コイツはまた……っと……?」
「チッ、展開型晶術……」
真っ先に気付いたジョブスとユダが呟くと、カイルとロニも感じたのかスライムから出来るだけ距離を取る。
指先に感じる僅かな痺れ、戦闘に支障が出る程ではないが原因であろう巨大スライムに近接戦を挑むのは得策ではない。カイルにもすぐそれが分かったようで、剣を構えつつも近付く事はせずユダに言った。
「ユダ、晶術お願い!」
「フン、言われるまで、っ……!?」
一瞬走った鋭い痛みに胸を押さえたユダは敵から目を離してしまう。モンスターといえどそれを見逃す筈もなく、触手が再び彼を狙った。
「ユダ!」
一番近くに居たカイルが触手を斬り防ぎながら守る様にユダの前に立つ。守られる立場になってしまった青年は胸を押さえたまま歯を食い縛り、少年の背中を睨み付けた。
「退けカイル! 邪魔だ!」
「嫌だ!」
スライムからの攻撃を防ぎカイルは叫び返した。彼の性格を考えれば当たり前の行動なのだが、何故か今はその彼らしさが感じられない。
対するユダも普段の冷静さは無く、顔を歪ませ乱れた空気の中で詠唱を会場した。
「落ち着け二人共! ロニ、カイル
援護をしろ!」
「は、はい!」
指示を受けたロニはカイルの傍に立ち、動きが大振りになっている弟の隙を隠すように動く。ジョブスはユダの肩を掴むと無理矢理時分の方に身体を向けさせた。
「落ち着けと言ってるだろう」
「うるさい! すっこんでろ!」
「はい分かりました、なんて言えるわけないだろうが」
普段の彼ならば戦闘中不用意に声を荒げることはしない、付き合いは短くともジョブスは断言出来る。流石に何故この様な状態に陥ってしまっているのかはわからないが、それでも今するべき事は分かっていた。
「興奮状態で術を使って、俺達を生き埋めにしたいのか?」
「……っ!?」
このままでは起こりうる現実を突き付けた瞬間、昂っていた何かが抜け落ちたのか乱れた呼吸は正常な物になる。合わせて普段の目に戻った彼はカイルとロニの背中を見た後に、ジョブスに止められること無く再び詠唱を始めた。
「……失せろ」
自然の物ではない冷気が流れ始めたのを感じた前衛の二人はユダの前を空ける。巨大スライムは術を阻止しようと触手を伸ばすが、絶対零度がそれを拒んだ。
「インブレンスエンド!」
冷気が触手ごとスライムを拘束し、その頭上から具現した氷塊が衝突すると同時に絶対零度のその身に巨体を取り込み炸裂する。軟体だった氷の塊は明かりに輝きながら水の中へ消えていった。