尾根に近づいていくにつれ風は強くなるというのに周りの霧は濃くなり、目指すその姿を更に白に隠す。皆互いを見失わないように時折声を掛け合いつつ進む。
そして遂に数メートル先すら見えなくなった時エミリオが足を止めた。
「……近いな」
「霧の流れが微妙に変ですもんねェ、こりゃ予想より数がありそうな」
肌にまとわりつく様な嫌な気配を感じながら彼等は武器を抜き、予定通りジョブスとロニがリアラの護衛の為に彼女の傍に立ち警戒する。
風の流れに従う霧だが、数ヶ所にそれに逆らう“何か”を確認しエミリオが指示を出した。
「やれ、リアラ」
目を閉じ詠唱を始めた彼女に反応したのか“何か”は霧の中から不完全な人顔の形を作るスモッグの様な姿を現した。
しかし詠唱の妨害をするどころか、ジョブスとロニに阻止される前に術は完成する。
「フィアフルストーム!!」
術者を中心に強烈な風が発生し、巨大な竜巻と化す。本来ならば地面を抉る程の威力を持つであろうその術だが、霧を吹き飛ばす事を目的とする今は範囲は広域でありながら威力は抑えられていた。
結果目的は達成され、辺りから霧は消え気体の身体を持つ20近くのモンスターが残される。それから間髪入れずに術中に詠唱を開始していた前衛の術が発動した。
「プリズムフラッシャ!」
「スプラッシュ!」
「バーンストライク!」
光剣が貫き、水流が飲み込み、炎弾が炸裂する。それらの術は確実にモンスターを捉え数を減らした。
逃れたモンスターの一部はある一定方向の霧の中へ移動を始め、残ったモンスターは追撃させまいとしているのか大口を開け襲い掛かってくる。
「クラッシュガスト!」
凍結した水流が粉砕し、その礫が広範囲に飛びモンスターを襲い消滅させる、
場は優勢、しかし奥地から敵の増援が現れ数は戦闘開始時点のものに保たれた。
「やはり親玉が居るな……逃げた奴を追うか」
素早く決断しエミリオを戦闘に彼等は離脱したものにの行方を追い消えた方へ移動する、だがそれは霧の中に飛び込む事であり当然散開は危険。固まって進みながらモンスターを迎撃し、数が増えてきた事を察知すると陣形を整え再びリアラが霧を吹き飛ばした。
「っと、割りと近くに!」
霧という化けの皮を剥がされたモンスターをジョブスの剣が真っ二つにするが、すぐに身体が元の形を取り戻す。だが再生している間はその場から動けない、それが見逃される筈がない。
「ストーンザッパー!」
ロニが放った石礫が命中し不定形の身体は飛散し消えた。その間にも前衛によって大半のモンスターは討たれるが、やはり数は大々的には変わらない。
「エミリオさんっ、コイツ等あっちから来てるみたいだよ!」
指を差した先は霧、しかしエミリオはその先に坑道がある事を知っている。
「中か……坑道内も霧だ、遅れるな!」
声を張りエミリオが駆ければ他の面々も指示通り遅れまいと足を急がせる。
妨害するモンスターを倒し無事坑道に足を踏み入れようとした時、突如ユダが先頭に立ちナイフを横に奮うと不自然に周りの空気が震えた。だがその出来事に驚いていたのは本人を除く若者達だけだった。
「やはり待ち伏せか、……お前が前に出るとはな」
「速く動ける自信があるんでな、年寄りと比べて」
悪態をつく先に居たのは、皆が立つ坑道入口から入る僅かな太陽光により霧の中から晒された巨大な青い火の玉。当然ながら光源の類いではない、その証拠に周りにはつい先程まで相手にしていたモンスターと同じ物が浮遊していた。
「坑道内ならば手加減せざるを得ないとでも思ったか……」
火の玉が更に白に大きく膨れ上がると呼応する様に周りの目的はの身も膨れ上がる。火の玉とモンスターの因果関係はコレで明らか、ならばどうするかは目に見えている。
「デルタレイ!」
エミリオから放たれた3つの光弾は火の玉を狙うが2つをモンスターが盾になり防ぎ、盾を撃ち抜いた1つも火の玉自身に避けられてしまった。その素早さは予測以上であり、位置を固定し発動させる術でも確実に核がある筈の中心部を捉えられらるか分からない。
だからといって広範囲、高威力の術を坑道内で使うのは躊躇われ、恐らく火の玉自身此処から出るつもりは無いだろう。
「まったく、どうしてくれようか」
そう呟く彼だが焦りは無い。
それに応えたのはカイルだった。
「俺に任せて! 特訓の成果を見せる時だぜ!」
「そうか……なら、やってみろ」
「うん! エミリオさんとジョブスさんとユダはリアラをお願い!」
自信に満ちた目で前に立った彼が剣を構えると、傍にロニが立つ。彼も前に重心を置きハルバートを構え、盾となっているモンスターを見定めた。
「リアラ、頼むよ!」
「うん!」
駆け出したカイルとロニの前にモンスターが立ちはだかる。相手は物理攻撃に強い不定形種、しかし2人は迷い無く武器を奮った。
「閃光衝!」
「雷神招!」
晶力が剣に光を、ハルバートに雷を与えモンスターにぶつけられる。術攻撃をあまり得意とはしない彼等だが代わりに得物に晶力を乗せる才能を持つ。それを直に受けた敵は先程よりも遅い再生を始めるも、すぐに次の攻撃を受け霧散し消え去った。
攻撃は通るが当然囲まれる、だがどちらも怯まず近接攻撃でモンスターの数を減らしていく。
「へぇ、なかなか良い動きするじゃん」
「ロニはともかくカイル背後を取られすぎだ」
「この叔父さん厳しい、そう思わない?」
「……知るか」
得物を抜いたまま冷静に戦況を分析しているエミリオ等の傍でリアラは詠唱を始めていた。
状況を考えれば威力のある術ではない筈だがそれにしては詠唱が長い。それが何を成すのか、すぐに分かることになった。
「蒼破刃!」
前衛の2人は盾役のモンスターばかりを相手にしている。
霧が立ち込める坑道という特殊な環境に早くも対応策しその動きは戦闘を開始した直後と比べ機敏になっていた。そのせいかモンスターが減る速さが集まる速さを上回っており、同然比例して相手の防御は薄くなる。
残っている全ての盾が火の玉から離れたその一瞬、カイルが踏み込むが速さで敵わず剣は手応えの無い空を斬る。
たが避けるという動作が終わった直後の硬直、リアラは術を解放した。彼女の目はしっかり敵の位置を捉えている。
「ウインドスラッシュ!」
火の玉の周囲で発生した風の刃は中心を捉え真空と共にそこを抉る。しかしそれが止めにならなかったのかその身は修復と同時に更に大きく燃え上がったが、それまでだった。
「クロスブレイド!!」
リアラの足元から放たれた地を這う一対の風は交差するのと同時に火の玉に直撃し、遂に消し去った。すると間髪入れず他のモンスターも消滅し、術の余韻の中に静寂が降りはじめる。