温暖なフィッツガルドの気候の下、ノイシツュタットへ向かう一行は村を出て南に進んでいた。
「総帥、今更ですけど実際問題あの尾根掘って生まれたメリットって大して無いですよね」
「まあ特別鉱石が出るわけでもないからな……今時あの尾根を越えようと思うのは余程の訳ありか物好きだけたわ」
「はは、閉鎖しようにも唯一の陸路だからねェ……船って偉大だわ」
「その偉大な船が海の藻屑になりかけたんだがな」
コンパスと地図を確認しながらエミリオが溜め息を吐けば、後ろに居る前向きなカイルが高く手を挙げる。
「でも坑道を進むのって凄く冒険っぽいよね! 宝物とかあったりして!」
「坑道に宝物かー、そいつは夢があるなカイル君よ」
「でしょ? 凄い剣とか遺跡の一部とかっ。リアラはさ、どんな宝物があったら嬉しい?」
「私? 私はー……あ、私は英雄がいいなっ」
笑顔で彼女らしい事を答えるとカイルが慌てた。
「お、俺が英雄だってば!」
「カイルは英雄じゃないわ。英雄は、俺は英雄だーっ、なんて言わないと思うの」
「う……それは……」
短い間だがリーネで過ごしたカイルにも思う所があったのか押し黙るのだが、その隣を歩く兄貴分は相変わらず我が道を進んでいた。
「俺は美女だな。呪いで眠りについていて、運命の人の口付けで……」
「運命の人がロニだとは限らないよね」
「眠りについてる方にも選ぶ権利はあるわよね」
「お、俺が運命の人じゃない可能性だって証明出来ないだろっ、な!?」
巻き込まれまいと少し離れていたユダは努力も空しくロニからのパスに肩を落としていた。だが一応は口を開き、返す。
「坑道で見つかるような人間なら、幽霊かリビングデッドの方が確率は高いだろう」
「リビングデッドって何?」
首を傾げるカイルに彼は間を置かず説明した、勿論表情を固くしたロニの事なんぞ気にせず。
「動く死体の事だ。ちゃんと処理されなかった死体がレンズの力で仮初めの命を宿し動き出す……というのが一般的な定説か」
「へーなんかモンスターみたいだね」
「……レンズが関わっているのならそれは」
ただ思っている事を言おうとした時、単眼鏡で先にある霧がかった山々を見ていたエミリオが甥を呼んだ。
「カイル、コレで尾根の方を見てみろ」
「えっ、うん」
単眼鏡を受け取りそれを覗いたカイルはすぐに気付く。
「アレって……なんか変な霧……」
「霧と同化し不定形モンスターが涌いているんだ。一切此方に出てこない所を見るに己の住処は弁えているようだが」
「どうするの?」
「一匹一匹相手にするのは面倒だな、親玉を探して出して討つ。ああやって群がっているモンスターは大概近くに統率する親玉が居るものだ」
「霧の中じゃ大変だね」
討つと言うだけなら簡単だが、相手の特徴と地理を考えれば何の策も立てずに挑めばどうなるかは分かりきっている。
単眼鏡を返してもらった彼はそれを回避する為の策を出した。
「晶術で霧を一時的に吹き飛ばす。向こうは飽くまで形が不定なだけで一定の質量がある、完全に霧になれるわけじゃない」
「シンプルだけどそれが一番ですね。相手の動きが分かれば親玉の位置も読めるかもしれないし」
「ああ、だが一時的にとはいえ霧を吹き飛ばす程の術を加減を調節するのは難しいだろう、地盤の問題もあるからな。だからコレの適任は……リアラか」
「えっ……私、ですか?」
作戦の要を命じられたリアラは戸惑い、ペンダントを握りしめる。カイルやロニも驚いていたがエミリオは構わず真っ直ぐ少女を見た。
「出来るな?」
それは拒否権を与えない、期待への問い。
ならば応えようと意を汲み大きく頷いた。
「分かりました……頑張ります」
「よし、ジョブスとロニはリアラの護衛につけ。カイル、ユダ、お前達は私と前に立て。各々の役割を果たせば難しい事ではない、だが油断はするなよ」
すぐに戦闘に入れるように単眼鏡等をしまいエミリオは尾根へと足を進める。その背中は頼りになるのは勿論、続く者を鼓舞する。
しかしリアラはその後ろ姿に首を傾げ、ロニがそれに気付いた。
「どうした?」
「ん、えっと……あの、よろしくね、ロニ」
「おう、任せとけ」
「うん」
自分でも何にどんな感じたのか分からない疑問を胸にしまい少女は歩く。