まだ太陽の位置は高い。
村の外れに出発目前のエミリオ等と、彼等を見送るリリスを含めた数人の村人の姿があった。
「じゃあ、バッカスとリリスによろしくね」
「……ああ」
“届け物”は丁寧に布にくるまれロニの荷物の一つになっている。リリスはそれが何かは言わなかったがその形で正体が分かると同時に、その用途も否が応にも察する事が出来てしまい何とも言えない、カイル以外は。
「リリスさんありがとう! また来るね!」
「ええ、今度はもっとゆっくりしていってね。リアラさんも、ね?」
「あ……ありがとうございます」
リリス以外の村人も、実は尾根越えに緊張しているカイルとリアラに肩の力を抜いてもらう為に声を掛けた。
微笑ましいその様子をジョブスとロニが見守る傍で、エミリオがどの輪からも外れているユダを呼んだ。彼は視線だけを向ける不機嫌な様子を見せたがエミリオは関係無いとばかりに告げる。
「礼の一つでも言ったらどうだ」
「……チッ」
露骨に舌を打つユダだが足はリリスの方へ向いていた。
「おい」
「あら、何かしら」
「……その」
自然と周りの視線が集まってしまい彼は居心地が悪そうに目を泳がせる。その最中カイルと目が合ってしまい、笑顔を向けられ更に表情がぎこちなくなった。
だが後押しにはなったのか重い口がゆっくりと開く。
「せ、世話になった……」
「フフッ、どういたしまして」
リリスも他の村人も笑顔だがやはりユダの表情は浮かない。後ろめたい、そんな戸惑いをエミリオは感じた。
それを変えたのは面白い物でも見つけたかの様な子供の笑みを浮かべたロニ。
「ほう、お前が礼を言うなんてなー」
「な、何か文句があるのか」
「いんや、大人なら当たり前の礼儀だ。だが、一言だけ言わせてくれ」
非常に嫌な予感がしたのはエミリオだけではない。
その原因は笑みを睨みに変え、戸惑うユダに人差し指を突き付けた。
「お前にリリスさんは渡さねェからな!」
「……は?」
一拍置いた後の顔は理解に苦しんでいるが、ロニはお構い無しに続ける。
「普段はツンケンしといてここぞという時に別の顔を見せる! 女性をオとす常套手段を会得しているとはな!」
「何を意味の分からん事を……」
「やっぱりおまかせは油断ならねェ。世には影のある男を好む女性も居るし……末恐ろしい奴だ……」
恐ろしいのは此方だと皆は言いたい中、彼はあくまで冷静に返す。
「……渡すも渡さないも、人妻だろう」
シンプルで分かりやすい正論。流石にロニも押し黙る、かという期待はすぐに崩れさった。
「そう、人妻だ……だから良いんじゃないか!」
「一度頭を検査してもらってこい、きっと蛆が涌いてる」
「なにおう、お前には人妻の素晴らしさが分からないのか!」
「分かりたくもない」
そう一刀両断しても彼は止まらない。
しかし、確実に止められる者が此処には居る。
「そういう事言ってるからロニはモテないんだよ、他所の奥さんにちょっかい出すのは良くないよ」
言葉はロニの何かを貫いたらしく、生き生きしていた顔は一瞬にして地獄を見たような絶望感に満ちた。
「恐ろしいなルーティの息子は……」
「敢えて云いますけど、呼び水は総帥ですからね」
「……すまん」
悪気なんぞあるはずがない、彼なりの気遣いだった。
そしてその視界の隅で他所の奥さんは、とにかく笑顔だった。
「私ったらモテモテね、バッカスが視ったらどんな顔するかしら」
夫の苦労を垣間見たエミリオは、明らかに困った表情でその場の対応に困っている青年を再び呼んだ。
「……すまなかった」
「……ああ、うん」
今回ばかりは悪態をつくこと無くユダは謝罪を受け取り、そして哀れみの目で文字通り気を落とし塞ぎ混むロニを見ていた。
本人には申し訳ないが話が進め易くなったと判断され、笑うリリスにエミリオが別れの挨拶をする。
「で、ではなリリス、またそのうちに……」
「今度は私がダリルシェイドに行こうかしらね」
「そうか……それは、楽しみだな」
彼女の言葉を聞いて速くも復活した青年をジョブスが取り押さえた事で事なきを得て後、彼等は村の外へ足を向けた。
エミリオとユダ以外は見送りに対しーー得にロニが積極的にーー手を振り、リリス等も手を振り返し応えた。まるで後ろめたさを感じているかの様に、姿が見えなくなっても。
「……気をつけてね」