緊張感の欠片も無い食事は暫く続き、カイルとロニによるデザートの争奪戦を経て彼等は出発の時間を迎えた。
「何故わざわざ多く作る、取り合いになるのは分かっていただろう」
「材料はキッチリ使いきりたいものねー」
「田舎は持て成し好きとは言うがな……」
「外部からの刺激は貴重だもの」
心の底からの笑顔を横目で見ながらエミリオはテーブルに置いた荷物の確認をする。その際やたら分厚いファイルを目にしたリリスが彼に訊いた。
「随分分厚いわね、それ」
「ああ、各地方の気候や人口、特産、商業能力等を纏めてある」
「……此処のも?」
「当然だ。人口に大きな変化は無いが、新品種のブドウの収穫量が安定してきたな、そろそろ市場に出して反応を見たい所だ。ノイシュタットの方も今年の漁獲量はなかなかだと聞く、私も小金くらい稼いでも罰は当たらんだろう」
改めて、彼が経営者なのだと感じざるをえなかった。
「何時の間に調べたのかしら……」
「この程度小一時間あれば余裕だ」
「そう……」
これでは周りも大変だろうと思う他無いリリスから少し離れた所でジョブスが呟く。
「休めつってんのに……」
その短い呟きが全てを語っていた。
リアラと荷物の確認をしていたカイルもふと呟く。
「そういえば、白雲の尾根って幽霊が出るって噂があるって村の人言ってた」
「幽霊? モンスターじゃなくて?」
「うん、迷って尾根から出られなくなった人の霊が旅人を道連れにしようとしてるとか」
「そうなんだ……怖い話ね」
怖い話とリアラは言うが、あまり怖そうな様子は見せない。その代わりというわけではないだろうがロニの様子がおかしい、一部以外気づいていないが。
「でも、幽霊って本当に居るのかしら」
「うーん……母さんは鵜呑みにしない程度に気を付けろって言ってた事あったけど……ね、ユダは幽霊って居ると思う?」
話を振られたユダは心底迷惑そうにしていたが、持っていたツールナイフを懐にしまいながら質問に答えた。
「幽霊は科学的に証明はされていないからな、一概に居るとは言えん」
こっそりロニは胸を撫で下ろすが、無情にも彼の話は終わらない。
「だが、居ないという証明も出来ていない。科学で一番難しいのは“無い”を証明する事だからな」
「そっかぁ、じゃあ居るかもしれないんだね」
彼にとっては夢のある話なのか明るい笑顔。対照的に兄貴分であるロニは真っ青で、漸くリアラが指摘した。
「ロニ、どうしたの? 顔色が悪いわ」
「べ、べべべべべべべつに何でもないぜぇ? リ、リアラは準備はバッチリか?」
「うん……ロニ」
「なっ、何だ?」
何でもない筈がない彼に少女は核心を突く。
「怖いの? 幽霊」
「なっ、ばっ……」
「あ、そういえばロニって幽霊とかダメなんだっけ」
カイルによって言い逃れ出来ない状況に追い込まれたロニだが、諦めない。
「そ、それは昔の話だろ? カイル、いい歳して幽霊が怖いとか、んなわけ」
「おい」
タイミングが良いのか悪いのか、背後から声を掛けられた彼は悲鳴に似た声と共に数センチ飛び上がる。声を掛けた側であるユダは反応が予想外だったのか不思議な物を見るかの様に、立ったまま震える青年を見ていた。
「……何をやってるんだお前は」
「なっ、はっ、いっ、いきなり話し掛けんなよ!!」
少年少女の前で八つ当たりをするその姿はなかなか情けないものではあったが、本人がそれどころではないのは見た通りなので他の者達はそっとしておくことにした。
八つ当たりされた方は特に動じること無く三段重ねの金属製の箱を手渡す。
「弁当だそうだ、お前が持て」
「べ、弁当?」
「得意だろう、荷物、持ち……」
語尾の弱いユダの目の前に居るのは、先程までの八つ当たりは何処かへ消え去った笑顔の青年。その変わり身の速さはエミリオでさえ尊敬してしまう。
「お前なかなか見る目があるよな、うんそうだな、リリスさんの特製弁当は俺が運ばないとな」
「……そうか」
「俺に任せておけ、コレはこの俺ロニ・デュナミスが全力で守るからなっ」
心強くて頼もしいとでも思っておけばいいのだろうか、そんな諦めの感情からユダから見える。
「美女の幽霊が出たらロニどうするんだろ……」
「うーん……ナンパしてから気絶、とかかしら」
「子供は容赦ないな……」
真面目に考察する少年少女にジョブスが引きつった笑みを浮かべた。