『エミリオさん、ユダ大丈夫かな?』
自由を知らない身体が一瞬硬直する。
『俺ユダに全然お礼出来てないしさ……やっぱり心配だよ』
『そこは私の方で気にしておくが……カイル、お前は具体的にどんな礼をしたいんだ?』
『え? うーん……ユダが喜ぶ事、って何だろ』
『私に訊かれてもな』
声にはやはり失笑が混じっていた。
『お前自身は、どんな事をされたら喜ぶんだ?』
『俺はそうだなー、美味しい物が食べられたら嬉しいかな。エミリオさんは?』
『私の代わりに書類を捌いてくれたら……食事中に仕事をしているとマリアンに怒られるんだ』
『それは怒られるよね……』
何故此所に居るのか分からない程愚かではない。だがだからこそ、滑稽なのだ。
「……私さえ……居なければ……」
過る後悔。
しかしそれは直後に聞こえたノックをキッカケに再び心の奧へとしまわれた。
『ユダさん、入ってもいいかしら』
「あ……ああ」
意識を変えるように深呼吸をし返事をするとゆっくりドアを開けリリスが入って来る。
「身体は大丈夫?」
「……ああ」
「そう、良かった。貴方が大丈夫なら明日出発するみたいだけれど、どう?」
「問題、無い」
無の表情を作っていると背中に冷たい汗が浮かぶ。それは寒気を呼び、表情を突き崩そうとする。
耐えろと己に命令する目の前の笑顔は全く変わらない。
「無理はしないでね、貴方になにがなんでもあったらエミリオ達が哀しむから」
「……僕がアイツ等の事を考える必要性は微塵も無い」
「じゃあ、言葉を変えるわ」
引き下がってくれない彼女は言葉だけを変える。
「有りのままの自分に耳を傾けてあげてね、貴方の為に」
「……くだらん」
「くだらないと思える程度には受け取ってくれたのね。それじゃあ、何かあったら呼んでね」
笑顔と気遣いの言葉を置いてリリスは部屋を出ていった。
足音が遠退くと脳裏にエルレインの言葉が響き、思わず右手を見てそこには何も内筈だと確認し安堵する。それから頭を振り声を掻き消し、やや覚束無い足取りでベッドに腰を下ろす。
『エミリオさんはさ』
外から聞こえる声に自然と意識が向く。
『かけがえのない物って、ある?』
『かけがえのない物?』
『母さんが言ってたんだ、この旅で俺にとってのかけがえのない物を見つけなさいって』
『ほう、ルーティが……』
意外、そう言いたげな声の主はやや間を空けて答えた。
『かけがえのない物か……大切な物、とはまた違うんだろうな』
『そうなの?』
『ああ、説明するのは難しいんだが……ふむ……』
彼の声は冷静で、そして優しい。
『目に見える物とは限らない……私が言えるのはそれだけだ』
『うーん? よく分かんないな……目に見えない物が大切な場合もある、って事?』
『そんな所か。ちなみに私がかけがえのない物と言えるのは、目には見えない、だが見る事が出来る物だ』
『えっ、え? なぞなぞ?』
確かになぞなぞ様だと思いながら横になる。頭の中は疑問だらけだった。
「……?」
分からない、その感覚が何故か心地好かった。心を蝕むモノが晴れていく、そんな気がしたからなのか。
疑問は解消されないまま彼等の楽しそうな声を耳にしながら瞼はゆっくり下ろされる。