紅茶の匂いが漂うゆったりとした朝の時間、カップを置き再びリアラが質問をした。


「あの……訊いても、いいですか? 18年前の事……」

「……何だ」


 態度も表情も変わらない。見かけだけなのかもしれないが、エミリオの変わらない雰囲気に今は安心しながら内容を伝える。


「エミリオさんは、怖くなかったんですか……? 強大な敵と戦う事が……」


 答えるまでの数秒はとても重かった。


「“恐怖を抱かない人間は武器を持ってはならない”、まだ子供だった頃に師から頂いた言葉だ」


 リアラは、ふと彼が遠くを見た気がした。


「恐怖を抱かない人間の刃は悲劇しか生まない。恐れが無い故に躊躇いが無く、何も守らず、何も生かさず、血に濡れた道が続くだけ……バルバトスが分かりやすい例だろう」

「バル、バトス……」


 納得せざるを得ない“分かりやすい例”、目の当たりにしている少女は思わず身を震わせる。


「そ、か……だから、あんな事が出来るんですね……」

「恐怖を捨て去った力は絶大だろう。だがそれでは、あの天上王から何も守れない……だから重要なのは、その恐怖が何によって生まれ、その恐怖を何の糧にするかだ」

「恐怖を、糧……エミリオさんは、どうしたのですか……?」


 当然の質問にエミリオは深く息を吐き、眼に期待を宿す少女に真実を突き付けた。


「復讐心さ」

「えっ……?」

「私からあらゆる物を奪った天上王と、無知な己への醜い復讐心……それが私を、天上へと上がらせたんだ」


 その言葉が偽りではないことは、隻眼に宿る鈍い光で分かる。それを直視出来なかったのか、少し顔が伏せられる。


「師の言葉を子供の自分は理解出来ていなかった……あの頃は世界を救う事よりも、天上王に一太刀浴びせたい……それこそが私の戦う理由だった」

「エミリオさん……」

「フッ、幻滅したか? 英雄の真実を知って」


 不適に笑う英雄に対しリアラは慌てて首を横に振る。


「そんな事はありませんっ、だってエミリオさんは間違いなく世界を救ったんです……英雄と呼ばれて当たり前の人です」

「英雄と呼ばれて、……そうだな……私達は一度も己を“英雄”と呼んだ事は無いな」


 その呟きを疑問に思うことは無い。自らを英雄などと呼ぶのは夢多き子供か、恥知らずな大人くらいだろう。英雄は、それで成立する様な安い称号ではないのだから。

 しかしリアラの中にはには確かに言い表せぬ疑問が生まれ、彼女自身それを疑問に思う。


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bkm

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