早朝、リビングで目覚めの紅茶を飲むエミリオの前におずおずとリアラは現れた。
「あ、あの……」
「ああ、おはよう」
「……おはよう、ございます」
彼の変わらぬ態度に怯えているのか、少女は落ち着かない様子で立ち去るかどうか迷っている。それを見て江見はカップを置き彼女を見た。
「昨日の事について言及するつもりは無い。お前も、話すつもりは無いんだろう?」
「そ、の……ごめんなさい……」
少女という外見に似合わない暗い表情を見せ俯くリアラ。そこでエミリオは彼女にソファーに座るように言い、使っていないカップに紅茶を注ぐ。
「知ってるか、この辺りは茶葉の産地なんだ」
戸惑いなごらソファーに座るリアラは突然の話に更に戸惑いつつ湯気が立つそれを見る。
「そう……なんですか?」
「ああ、私のお気に入りでな……飲んでみるといい」
「……はい、いただきます」
自分の前に置かれたカップを持ち上げ、ほんの少し紅茶を口にした。匂いは良く、癖は無く、スッキリとした味わいで喉を通っていく。
「……美味しい」
「そうか、カイルはよく分からないと言うんだがな」
「そうなんですか……こんなに美味しいのに……」
不思議に思っているのかリアラは紅茶を飲みながら首を傾げている。その様子に先程までの陰は無く、エミリオもほくそ笑む。
「よく眠れたか」
「はい……あの、さっきリリスさんという人に……」
「そうか、今までの経緯は彼女に聞いたな?」
「はい、準備が整ったら徒歩で南下して白雲の尾根、という所を通ってノイシュタットに行くと。……あの、馬車等は使えないのですか?」
馬車という選択肢が出るのは当然の事、一日でも早くハイデルベルグへ行きたい彼女ならば特に。
エミリオは懐に入れていた地図をテーブルに広げ疑問に答えた。
「フィッツガルドを南北に分けるこの場所は18年前までは至って普通の平地で、南北を繋ぐ道はしっかり整備されていたんだ。だが18年前の騒乱時、外郭崩壊の影響で大きく地形が隆起し、常に霧が立ち込める山岳地帯になった」
「あ……だから“白雲の尾根”っていうんですね」
「ああ、その上地盤がやや不安定でな……南北から坑道を掘り道を繋いではいるんだが、モンスターとの戦闘も考慮すると大きな荷物を運ぶのは少し勇気が要る。だから今の主な流通路は船になっているが……船が使えない今現在、尾根越えは馬車よりも融通が利く徒歩の方が有事の際に対処がしやすいだろう」
「そっか……便利な物が常に便利だとは限らないんですね」
納得した様子のリアラを見て地図をしまい、彼は再び紅茶を口に運ぶ。