「ただ、あの体勢で詠唱を始めるとは思わなかったがな」
「……その、涼しげな顔を歪ませてやりたいだけだ」
「そうか、それは残念だったな。次の機会があるのなら、その時は本気でくることだ」
身体を起こした青年は俯き、その表情はエミリオには分からない。悔しいのか、哀しいのか、彼は気にはなったが確かめる事はしなかった。
その代わり、自分の意見を告げる。
「私は私の考えを変えるつもりはない、エゴイストだと罵られようとな」
「……勝手にすればいい……僕には関係無い」
「関係無い、か……私としてはそうもいかんが……まあいい。お前に去られては困る、それを知ってもらえれば万々歳としておこう」
言葉は返ってこない、だが彼は気にせず言葉を続けた。
「そろそろ戻るぞ、あの尾根を越えるには体調を万全にしなければならないからな」
もしも青年が望んだ行動をとらなかった場合は少し無理矢理にでも連れていこうとエミリオは考えていた。そしてジョブズに彼の監視を“強く”するように伝えておけばいいと。
その様な考えを抱く目の前で、青年は口を開くという行動をとった。
「……エルレインは、アタモニを崇めてなどいない」
低く、それは呟かれる。
「フォルトゥナ……奴が絶対神と称する謎の神……奴はそれを崇め、それの為に行動している……僕は、そう考える」
「フォルトゥナ……?」
まさか此処で新たなキーワードが出るとは思わなかったエミリオは、驚きながらもすぐに理解を進め疑問を口にした。
「あのエルレインが崇める神……それが真実ならば何故奴はアタモニ神団に潜り込んでいるんだ。神の為だというのなら最初からフォルトゥナを掲げればいい筈だ、あんな奇跡を起こせるなら尚更」
「英雄を狙うのもフォルトゥナの為ならば、フォルトゥナとは一体何なのだろうな。……奴はよく人々の幸福だの何だのとぬかすが」
「幸福……ならバルバトスは必要悪だとでもいうのか」
エミリオの言葉は非常に静かだが、隠しきれない怒りが確かにそこにある。復讐の炎に包まれた怒り、消えないそれを彼は敢えて嘲笑う。