月明かりが差す林の中、しかし全く枝葉が揺れない林の中、胸を押さえ彼女は目の前に立つ女を睨み付けた。
「貴様……バルバトスまで甦らせたとはな……!!」
「事を成すには、彼の様な人も必要なのです」
ふわりとした柔らかい笑み、だが虚無さえ感じ取れる笑み。その女は、エルレインはそれを相手に向けていた。
「貴女ならば、理解していただけるでしょう?」
「……私ならば、あんな殺人鬼使わんがな」
「そうですか、私は必要だと思いましたが」
それはつまり、己が正しいのだと言っている様なもの。まるで兄を見ている様だと彼女は更に不快感を顕にした。
「奴に英雄を狙わせ……貴様は何を考えている……英雄を失った俗世に手を差し伸べ更なる地位を得るつもりか」
「私は、人々に幸福をもたらしたいだけです」
「何が幸福だ!!」
何も揺れぬその中で、声は怒りに震える。
「彼を……スタンを殺しておきながら幸福などとぬかすかエルレイン!!」
「そこまで気付きましたか、流石ですね」
だが怒りに対してもエルレインは何も変わらない。寧ろ、何処か歓びさえ感じた。
「彼は英雄なのですから、人々の幸福の為にその命を捧げてもらいました。心優しい彼には相応しい役割でしょう」
「貴様ァ……!!」
「美しい顔が台無しですよ、貴女には笑顔が似合うと思うのですが」
慈愛を被ったその笑みに彼女は剣を向けた。それは、天上で作られた剣。
「……斬り掛からない所を見ると、私が実体ではないというのはお見通しという事ですか。……それとも」
笑みから遂に慈愛は消えた。