深夜、村から少し離れた林の奥、決して整備されているとは言えない道を進んでいるのはエミリオだった。彼は迷いなく足を進め、やや開けた場所に出た所で歩みを止める。
緑豊かなそこにあるのは、名前が刻まれていないたった一つの墓だった。
「……相変わらずよく手入れされているな、兄想いの良い妹じゃないか」
形だけの微笑を浮かべ、風の中で彼は呟く。
「すまないな、未だに名を刻んでやれなくて……いい加減、乗り越えなければならないのにな」
見上げて見える月に、何の変わりはない。
「だが、そう簡単にはいかなくなった……お前が死んで、奴が生きているなんていう現実、認められるわけがない。しかも、更に私から奪おうとする……あの天上王の様に」
抑え込むのは憎悪、しかしあの頃とは違うと彼は首を横に振る。
「本当に……失うのはもう、……!」
強い風が吹き彼は思わず目を閉じた。視界に何も映らなくなったその瞬間、ほんの微かにだが“大きな何か”を感じた。
「……晶力……!?」
気のせいと思える程にそれは微か、だが彼は迷わなかった。
墓に背を向け風に逆らい走り出す。