※続きもの「一生一世」の番外編です


 今まで生きてきたこの人生の中で、何度「幸せ」と感じることがあっただろうか。小さなものを含めたらきっと数えきれないと思う。もちろん「辛い」とか「不幸だ」とか思ったことも数えきれない。そういうのって数えきれないし、全てを覚えているわけでもない。
 でも、きっと、多分、いや、絶対、私は今日この瞬間を覚えていると思う。

「結婚しよう」

 涙が心臓から溢れたみたいだった。心臓が暴れ出したと思ったら、心臓がポンプみたいに目から涙を溢れさせて、静雄を驚かせる。
 相変わらず二人じゃ少し狭い部屋のテーブルの上には私が作った夕食が並んでいて、私の手には今持ってきたご飯が盛られたお茶碗がある。さぁ食べようというところだったのだ。座って、お箸を持って、「いただきます」と言おうとしたら、先に静雄が言ったのだ、「結婚しよう」、そんな言葉にお茶碗とお箸を持ってぼろぼろ泣く私は多分かなり滑稽だろう。

「お、おい」

 静雄は驚きながら私からお茶碗と箸を受け取ってテーブルに置き、近くに置いてあるティッシュを取って私の涙を不器用に拭った。へたくそだから少し笑ってティッシュを受け取り、涙を拭く。

「ごめん」
「いや、俺も急に、ごめん」
「何で謝るの…」
「お前もだろ」
「…なんか、懐かしいね」
「…だな」

 二人で暮らし始めたときのことを思い出して笑えた。臨也のせいで何だかんだと一緒に暮らすことになって、何だかんだとあって、今こうやって二人で生きている、なんか、変なの。世の中何があるか本当に分からない。

「で、な」

 私が少し落ち着いたことを確認してから、静雄はまた真面目な顔をしてあぐらをかいた膝に手を置いた。告白されたときみたいだな、とまた思い出して正座をする。

「真面目な、話なんだけど」
「うん」
「今のままでももちろん十分なんだ。俺はナマエがいればいい」

 相変わらずストレートに言うなぁ、と少し恥ずかしくなったけれど黙って静雄を見つめた。長い睫毛が目を覆って、その視線は私の手だったから尚更恥ずかしい。綺麗とは言い難いこの手を何でそんなに見ていられるのかな、と違うことを考えてしまうくらい恥ずかしかった。

「でも俺、やっぱそういうの夢だったし、まぁこの力があるから諦めてたんだけどよ」
「…うん」
「…ナマエとなら、できる気がするんだよな」
「…うん」
「だから」
「うん」
「俺と、結婚してほしい」
「…はい、不束者ですがお願いします」
「……いいのか?」
「断られると思ってたの?」
「いや、なんっつーか、本当に、俺でいいのか?」

 いつだったか「俺がこんなに幸せでいいのかな」と静雄が言ったことを思い出した。そんなに心配することないんだよ、静雄が引け目に思ってることを、そんなに気にしなくていいんだよ、私は静雄が好きなんだよ。何度言っても確かめるように聞いてくるのは、彼が優しいからだ。
 静雄が不安なら、それを取り除けるなら、私は何度でもいつでも言うよ、心の底からそういうことを言える相手がいる私は幸せなんだよ、って付け加えて、何ならキスだってハグだってするよ。

「私が幸せになるのに、静雄が不可欠なんです」

 そう言ったら静雄は恥ずかしそうに少し笑った。「俺も」と小さく可愛らしく言うから、性懲りもなくときめいて少し心臓が苦しくなった。もうお腹いっぱいだなぁ、ご飯いらないや、とか思っていたら静雄が「いただきます」と音を立てて両手を合わせるから私もならって手を合わせる。
 今日は静雄が気にいってくれたものを作ってよかった、と思いながらとりあえずお茶を口に含んだら一口目を食べた静雄が「美味い」と呟いた。口元が震えるような、優しくて甘い幸せにまた泣きそうになる。ぐっとこらえて笑ったら、静雄が笑ってくれるからまた幸せになった。
 これから、ずっと、こういう幸せがそばにあって、私の人生を彩っていくのだ。それを何と表せばいいのだろう、辞書とかで引いたら分かるかな。人生を変えるような、大きな出来事、静雄と出会ったことや愛し合っていることやこれから一緒に生きていくこと、そんな私にとって奇跡のような出来事を、なんて表現すればいいのかな。
 考えるとぼんやりしてしまうからやめた。また二人そろって休みのときに、本屋に行こう、それで辞書を買おう。そういう、何でもないような日常を二人で重ねていこう。幸せだと二人で言い合って、ご飯を食べよう。そうやって当たり前のように、でも特別で大切で愛しい日常を一緒に生きていこう。ねぇ、静雄、面と向かってじゃ恥ずかしくて言えないけど、伝わっていることを願ってます。愛してるよ。


20120425
二十万打フリリク@パン粉さん
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