誰も見てませんよ、と永四郎が言うから雨の中、傘に隠れてキスをした。雨の香りと湿った空気が私たちを隠してるような気がして、その時はあんまり恥ずかしくなかったけど帰ってきてからそれはもう恥ずかしくて死にそうになった。
割と家に近いところだったし、近所の人が見ていてもしかしたらお母さんに伝わっているのかもしれない、とびくびくして食べた夕飯はあんまり美味しくなかった。本当は美味しいはずなのに。永四郎のせいだ。
「というわけで私は怒っている」
「くだらないことでよくいちいち怒っていられますね」
「怒ってるからアイス食べに行きたいな」
「それが目的ですか、因縁つけないでください」
ぴしゃりと言われて黙ってしまう。ばれた。
いや、夕飯を美味しく食べれなかったことは事実である。でも怒っちゃいない、言うなればそんなことごときで動揺する私が悪いのであろう。偉そうな物言いをしているがこれでも恋する乙女で恥ずかしがり屋だった。
「でもね、ほんと外は無しにしよう!」
「それは室内なら何をしてもいいということですか?」
「永四郎」
「冗談です」
永四郎はそうけろっと言うと、小さく笑う。うっ、かっこいい。
勝てないなぁ、と永四郎の腕に絡んだらあれよあれよと手を繋ぐかたちになった。私が小さく笑ったのに気付いたのか、からかうように「これは有りなんですか」と言った。
「手を繋ぐのは有り」
「まったく、勝手ですね」
「そんな私が好きなんでしょ?」
「否定はできません」
「…」
うっ、かっこいい。
照れて何も言えずにいたら「で、どこに行くんですか」と聞かれたから「え?」と聞き返す。
「アイス、食べに行くんじゃないんですか?」
「永四郎…好き」
「おごりませんけど」
「嫌い」
「冗談でも言ってほしくないものですね」
「…」
うっ、かっこいい。
やっぱり私は適当なことを言ってふざけても、永四郎には勝てないのだ。幼い頃からそうだったし、多分これからもそうなんだと思う。
「…永四郎はかっこいいね」
「今さらですか」
「ずっと知ってたけどさ」
「…そうですか」
「…」
永四郎が手を口元にやって私から視線を逃がした。いつも堂々としている永四郎がこんなことをするのは珍しい。
あれ、もしかして、私、永四郎に勝っちゃった?
「やっぱり永四郎は可愛い!」
「…」
私の調子に乗った発言に永四郎は眉間に皺を寄せた。それから口元から手を離すと、フッといつものように余裕綽々の笑みを浮かべるのだった。
そして、気付けば永四郎の唇が私の額にくっついた。それはもう一瞬で、もしかしたら私たちの妄想だったかもしれないと思うくらいである。
だけどそれは紛れもなく事実で、永四郎は私を見ながらニヤリと笑っていた。
「ナマエが俺に勝てるわけがないでしょう」
うっ、かっこいい。
20110529
二十万打フリリク@那智さん