中学二年生の時に初めての彼氏が出来て、中学三年生で別れた。彼はテニス部でレギュラーで、部長の日吉くんを支えなきゃいけない位置にいたから部活で忙しくて、多分私より日吉くんに会ってる時間の方が長かったと思う。
 彼、鳳長太郎くんはとても申し訳なさそうな、泣き出しそうな顔でこう言った。

「ごめん」

 大きな背丈に似合わない声だった。男の人でもこんな声を出すことがあるんだ、と思った覚えがある。
 とにかくそういうわけで、それから今、高校二年生になるに至るまで彼氏が出来たことはない。好きな人もいない。いや、いないと言ったら語弊がある。私は今でも鳳くんが好きだ。多分、あれからずっと、好きだ。
 歩いていれば目が鳳くんを追うし、声が聞こえれば耳を立ててしまう。たまに目も合う。すぐ逸らしちゃうけど。たまに挨拶もする。それだけだけど。

「ミョウジ」
「あ、はい」

 呼ばれて振りかえると、榊先生だった。榊先生は「急に呼びとめてすまない」といつもの丁寧な物腰で謝った。いつものことながら何でこの人は教師をやってるんだろう。いや、別に嫌いなわけじゃないんだけれど、不思議。

「どうしました?」
「すまないが、この楽譜を鳳に渡してくれないか?」

 引き受けてしまった。
 断る理由はなかったが、引き受けた後に「恐らく音楽室にいる」と言われて少し後悔した。音楽室ってことは、多分、二人きりになってしまうだろう。嫌なわけじゃないけど、鳳くんは確実に気を使うだろうなぁと気分が落ち込んだ。
 音楽室に近づくと、ピアノの音が聞こえた。鳳くんのピアノは何度か聞いたことがある、タイトルは分からないけれどその時に聞いたものと同じものだと思う。
 音楽室の前に立って、息を吐く。少し震えた。楽譜を持つ手に力が入ってることに気付いて、慌てて持ち変える。良かった、皺になってない。
 改めて息を吐く。大丈夫、大丈夫、何も心配することはないんだから、と心の中で呟いてノックをした。しばらく鳴っていたピアノが止まり、鳳くんの遠慮がちな声で「はい」と返事が聞こえたから「失礼しまーす…」と中に入った。

「あ…ミョウジさん」
「ごめんね、練習中に」
「ううん、どうしたの?」
「榊先生から、これ、渡してくれって頼まれて」
「あぁっ、ごめん、ありがとう!」

 鳳くんは慌てながら椅子から立ち上がって私のところまで来た。別に、そこまで私行くのになぁ。

「新しい曲?」
「うん、監督…じゃなくて、榊先生に勧めてもらって」
「…テニス、どう?」

 そう聞いたら鳳くんは急に困ったような顔をした。
 あ、やばい、違う、違うよ鳳くん、そんな顔させたいわけじゃなかったの、監督って言ったから思い出しちゃって、何話せばいいか分からなくて、それに、中学生のころからあんなに頑張ってたから、どうなのかな、って思って、ただそれだけなのに。

「…あの、ミョウジさん」
「あ、うん、何?」
「ごめん」
「え?いや、え、っと」
「ずっと謝ろうと思ってて…その、あの時、一方的に」

 鳳くんの声は段々小さくなった。あの時みたいに、あの時以上に背は大きくなってるのに申し訳なさそうな声を出すもんだからつい笑ってしまった。変わってないなぁ、鳳くんはあの時からずっと優しい。

「ううん、大丈夫だよ」
「…ごめん」
「何で謝るの?私こそごめんね。えっと、部活、頑張ってください」

 鳳くんは優しい。優しいから今にも私のために泣くんじゃないかと思った。それは嫌だった。私は鳳くんが好きだから、私のためでも、泣いてほしくないし嫌な思いなんかさせたくない。
 だから「じゃあ、失礼しました」と出来る限り笑って少し頭を下げた。背を向けてドアに向かおうとすると「ミョウジさん!」とさっきの鳳くんとは思えないくらいの声で呼ばれて、思わず振り返る。
 鳳くんは泣きそうなんかじゃなかった。むしろ、きりっとしていて、私を真っ直ぐ見ていた。
 一度だけ、付き合っていたころ、鳳くんの試合を観に行ったことがある。その時みたいだった。あんな鳳くん初めてで、心臓が暴れて息が詰まりそうになるほどだった。その後、目が合った時の笑顔も忘れられない。全部鳳くんで全部好きだった。

「好きです」

 違う、好きだった、じゃない、好きだ、私は鳳くんの全部好きだ。
 ふと見たら、鳳くんの手の中の楽譜は皺だらけになるくらい握りしめられていた。それを見たらなぜか涙が零れて、優しい鳳くんを困らせてしまったけどちゃんと「私も、好きです」と言ったら笑ってくれた。私、こんな女の子らしい声出るんだなぁ、と少し笑っちゃいました。


20120526
二十万打フリリク@ナナさん
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