がっくんとジローが喧嘩した。きっかけは本当に些細で、怒ってるのはがっくんだけである。ジローはいつも通りだが「仲直りしないの?」と聞けば「俺悪くないC〜」と言うから多少なりとも怒ってるのかもしれない。

「岳人の機嫌悪いと俺が困るんやけどなぁ」
「八つ当たりマックスだもんねぇ」
「跡部頼みやな…」
「あ、今日跡部も機嫌悪いぜ」
「うげぇ、まじで」
「さっき声かけたけど明らかにイライラしてたな」
「今日の部活気まずいなぁ〜」
「お前がそんなん気にするんか?」
「最初は気にしてるんだけどね、途中から忘れちゃうんだよね」
「うらやましいわほんと」

 忍足は大きなため息をついた。これからダブルスのパートナーとして不機嫌な岳人とテニスをすることが憂鬱で仕方がないのだろう。ただでさえ忍足は無駄に人に気を使う。これは嫌やろ?あれは苦手やろ?と先回りをするから疲れるに違いない。今はだいぶマシな方らしいが、一年生のころは人のことに鈍感な岳人さえ「あいつは気ぃつかいすぎ」と愚痴っていたくらいだ。

「忍足もゆるーく考えなよ」
「せやな」

 忍足はにっこり笑ったが、聞き流しているようにしか見えなかった。まぁどうせ忍足のことだから言っても意味がないだろう。大阪にいる従兄弟の謙也くんにはきついのにね。

 部活は案の定ピリピリしていた。何度も跡部のイライラした声やがっくんの癇癪とも言える声が聞こえてこっちまで嫌な気分になってしまう。ジローは気にしてないようで暢気に寝ているし、宍戸は練習に没頭し、最初は気にかけていた長太郎も宍戸の叱咤と練習へのスイッチが入ったおかげで今は練習に没頭している。日吉はもちろん我関せずだ。
 こうなると一番気になるのは忍足で、ゲームをしている忍足とがっくんをちらっと見ればちょうどがっくんがミスをして大きく舌打ちしたところだった。

「今のは侑士がとるところだろ!」

 ラケットを叩きつけそうな勢いでがっくんが叫ぶと跡部も叫ぶ。

「さっきからゴチャゴチャうるせーぞ!忍足、パートナーの世話くらいちゃんとしろ!」

 跡部はがっくんにイライラしているようだが、最早怒りのぶつけ所は忍足だった。跡部の叫びもがっくんの耳には入っていないのか「どこ見てたんだよ!」「ふざけんな!」と忍足を責める姿はまさに罵詈雑言。それを見た跡部もまた「忍足!」と声を張り上げる。
 最初は呆れながら諦めていたような表情だった忍足だが、次第に目つきが悪くなった。がっくんがそれに気づいたのは忍足がいつもの「やれやれ」なため息ではなく心の底から嫌気がさしたようなため息をついた時だった。少し怯んだのか、それでもがっくんは強気に「何だよ」と言う。

「今日はもう帰るわ」

 そう言う表情も見せないまま忍足は早足が歩き、出口に向かって行った。がっくんはまた舌打ちをし、跡部は引き留めるかと思いきや眉間に皺を寄せて腕を組んだまま黙っている。何を考えているか分からない。
 出口付近にいた宍戸が忍足に話しかけたが、忍足は宍戸も見ないまま出て行ってしまった。それを見ていた私と目が合った宍戸は「ナマエ!」と私を呼んだ。

「忍足のやつどうしたんだ?」
「ついにキレちゃった。帰るって」
「あぁ?跡部はどうしたんだよ」
「知らない、何考えてるか分かんなかった」
「追いかけねぇのか」
「だって本人が帰るって言って引き留める理由ないし」
「おいお前ら!声小せぇぞ!!やる気あんのか!!」
「わ」
「はい!!」

 急に宍戸が後輩指導をし始めて私は肩を弾ませた。確かに忍足が出て行ったころから後輩たちまでに空気が感染したようにいつもの掛け声が小さかった。いつもなら跡部の仕事なのに宍戸すごい、副部長という役職があったら宍戸が副部長に違いない。とか考えていると跡部みたいに宍戸は眉間に皺を寄せたまま私に言った。

「忍足、引き留めてこいよ」
「え、何で」
「大会も近ぇのに喧嘩なんざやってる場合じゃねぇだろうが!さっさと行け!」

 それはがっくんに言うべきじゃないだろうか、と思ったが怖かったので私は大人しく部室に向かうことにした。
 部活に入ると忍足はワイシャツに腕を通している最中だった。私を一度見るが、目をそらされる。

「本当に帰るの?」
「あんな状態じゃ練習したって無駄やろ」
「忍足がキレたの初めて見た」
「俺も久しぶりすぎて混乱しとるわ」
「忍足どこまでもポーカーフェイスだね」
「…引き留めに来たんちゃうんかい」
「あ、うん、でも帰りたいって言ってるんだし無理に引き留めるのもなぁって」
「帰りたいわけちゃうけどな」

 忍足は軽く笑ってネクタイを取り出したが、はらりと落ちて私の足元まで流れてきた。私はそれを拾ってまじまじと眺める。

「なんか綺麗」
「何がやねん」
「分かんないけど。ってか、帰りたくないなら帰んなくていいじゃん」
「せやからあんな状態じゃ練習できひんやろ」
「忍足だけ他のメニューとか」
「あんな状態で?」
「あんな状態で。跡部の機嫌が悪かろうががっくんの機嫌が悪かろうがいいじゃん、ジローだっていつも通り寝てるよ」
「お前らに比べられてもなぁ」
「むしろ怒ってやればいいよ。話しかけても無視とか。していいんだよ、そういうこと」
「…」
「忍足もしていいんだよ」
「…」

 忍足はしばらく黙っていたけれど呆れたように軽くため息をついた。いつもの「やれやれ」だ。

「急にぶちキレて空気悪なったやろ」
「元からじゃん。忍足悪くないし」
「帰る言うたのにノコノコ戻るんか?」
「ナマエがしつこいからとか俺がいないとがっくんが練習できないからとかでいいじゃん」
「お前何でそんなに言い訳浮かぶん?」
「言い訳ばっかりしてるからだよ」
「せやろな。なんかどうにでもなる気がしてきたわ」
「うん」

 忍足はワイシャツのボタンを外し始め、私は横からネクタイをロッカーに入れてやった。「おおきに」と言ってくれたから「どういたしまして」と答えると部室のドアが開く。

「がっくん」
「侑士、悪い!ほらジローも謝れ!」
「えー何で俺までー?」
「いいから!」
「ごめん忍足ー」

 がっくんのことだから一人で謝るのは恥ずかしかったんだろうと思う。まぁジローとも仲直りできたみたいというか、ジローは半分寝ぼけてるみたいだしいつも通り喧嘩はこれで終わりみたいだった。
 コートに戻れば跡部が練習に没頭していて、しばらくするとタオルを畳んでいた私に肩で息をしていた跡部が向かってきた。

「何?」
「頭冷えた、悪い」
「それは忍足に言うべきじゃない?」
「忍足にはさっき謝られた」
「うわ忍足らしい、なかったことにしてくれたのか」
「チッ」
「忍足のが大人だね」
「うるせぇよ」
「ちゃんと忍足に言っとくよ、跡部が謝ってたよって」
「…うるせぇよ」

 やめろって言わないってことは言えということだろう。跡部は私が畳もうとしていたタオルを奪うと後輩たちを指導しに行った。宍戸や長太郎は練習に没頭し、がっくんやジローは楽しそうにプレーして忍足は呆れ混じりに笑ってる。
 あ、やっといつもの部活動だ。

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