「ミルキー食べる?」
「…俺それで銀歯取れたことあるんだよな」
「うん、私もいたよその時」
「ってかあん時もお前から貰ったんだった!」

 岳人はそう言って私の手のひらにあるミルキーを叩き落とした。ミルキーが部室の床に転がり、床に寝ていたジローが起きたのか、ミルキーを掴んだ。

「貰っていー?」
「いーよ。でも寝転がってだと危ないよ」
「んー」

 ジローは素早くミルキーを包み紙から取り出して、口に放り込む。そしてジローはあろうことか包み紙は手の内でぐしゃぐしゃにしてポケットに入れたのだった。

「ちょ、ペコちゃん見ないの?」
「ペコちゃん?」
「ペコちゃんが10個あったらいいんだよ!」
「何が?」
「……分かんないけど」
「分かんねーなら言うなよ」
「10個とか簡単じゃん?」
「いや欠けてたらダメなんだよ!」

 ジローはミルキーを口の中で転がしながらまたポケットに手を入れて包み紙を取りだし、広げる。岳人がつまらなそうにそれを見つめ、私もジローと同じようにミルキー口に放り込んで包み紙のペコちゃんを数えた。
 お、これは見た目いい感じ?

「ジロー何個だった?」
「9個ー」
「うわ惜しいな。ナマエは?」
「10ペコきましたー」
「ってかしょっちゅう出るだろ10個とか」
「だから難しいからいいんだよ」
「何が」
「分かんないけど」

 岳人はまたぶつぶつ言いながらミルキーの袋を観察している。
 うん、やっぱり珍しいものは嬉しいね。
 私は10ペコの包み紙を結局ジローと同じくポケットに入れた。珍しいものだからといってそんな珍しいもの入れる箱とかないし、最終的には捨てるんだろうなと考えつつも取ってしまう。珍しいからね。うん、今日はきっとラッキーに違いない。

「うーっす」
「あ〜亮遅かったね」
「ちょっとな」
「告白だ」
「まじかよ亮のくせに」
「B組の子でしょ」
「…知ってんなら聞くなよ」
「うわ、いやらしい隠しちゃって!」
「うぜぇ。言うことでもねぇだろ」
「え、聞いた?今の聞いた?告白なんて日常茶飯事みたいな?」
「何でこんなにうぜぇのこいつ」
「10ペコが当たったから?」
「ペコ?」
「ミルキーだよ〜亮も貰えば?」
「ジロー、床に座るなよ」
「亮もいる?」
「いらねぇ。ガムあるし」

 そう言って亮は荷物をロッカーの前に置いて、ため息をついた。それに気づいた私と岳人が目を合わせる。また亮に目を向けると、視線に気づいた亮は嫌そうな顔をした。

「何だよ」
「いやため息ついたからねぇ?」
「告白がそんなに嫌だったのか」
「嫌っつーか…」
「断ったんでしょ?」
「まぁな」
「何て断ったの?」
「いつも通り」

 いつも通り、とはつまり「今はテニスが大切だから」的な感じだろう。亮がそういう奴だとみんなは知っているから、そうやって返されるとしょうがないと感じるらしい。たしかに、何をするのにも一生懸命というか全力投球のような奴だから部活と恋愛の両立は難しいかもしれない。いや、難しいというか結局彼女に時間を割けなくて彼女が亮と付き合うのが嫌になる、って感じだろうな。本当に好きならいつまでも待つだろうし、亮だって両立できるはずだ。まぁ要は、亮がまだまだ真剣な恋愛ができないガキだというところにある。そんなガキな亮だけど顔も性格もいいし、告白する子はけっこういるわけで、ガキな亮はさらに「女って易々と告白できるようなもんなんだろうな、女って分かんねぇ」みたいな思考になっていくのだ。可哀想に。

「で、何でため息つくの?」
「なんか、じゃあ部活が終わったら付き合ってくれるのか、ってよ」
「なんだそれ、それとこれとは違うだろ」
「だよな?」
「違う違う」
「うん、違うと思う」
「それで、付き合えないって言ったら泣かれて」
「は?なんだそれ」
「でも考えたら俺の言い方も悪かったかもなって思ってよ…」
「…」

 亮はもう一度ため息をつく。
 損な性分だよなぁ、と思った。優しすぎるのだ。昔から私たちが悪ふざけで人を傷つけたら怒るのは亮だった。私たちは傷つけようとしたわけではないのだが、結果的にそうなってしまって亮が気づかなかったらそのまま相手を傷つけまくっていただろう。真っ直ぐだからめんどくさいんだけど、亮のいいところだ。
 何を言おうか迷っていたらジローが笑いながら言葉を発する。

「じゃ、今度から気を付ければいいじゃん」
「あ、ジロー頭いいー」
「馬鹿だろお前ら」
「何でよ、がっくん?次回はちゃんと部活もあるし好きな奴じゃないと付き合えないっていえばいいじゃん。ねぇ亮くん」
「でもよぉ…」
「大丈夫大丈夫、それくらいで傷ついてもすぐ忘れるし。嘘ついてるわけじゃないじゃん?」
「なんかお前らが言うと正論になるよな…跡部が手を焼くわけだ」
「いつも言い訳手伝ってあげてる人に対してその言い種。もう岳人に手は貸さない」
「冗談冗談」

 岳人と冗談言い合ってみたけど、亮の顔色は何となく晴れなかった。多分「泣かせた」ってことにまだ罪悪感を感じているのだろう。今頃あんたに告った子は友達に慰められて笑っているだろうよ、気楽に考えればいいのに。
 私は立ち上がって伸びをして、ついでにポケットに両手を入れた。亮はゆっくり着替えを始めている。

「そろそろ部活いこうか」
「そーだな。亮も早く来いよ」
「あー、おう」
「ジロー行くぞ!」
「ん〜ラケットは?」
「知らねぇよお前のなんか」
「まぁ誰かの借りればいいじゃん」

 三人で部室を出ると、岳人が私をちょっとにらみつけるように見てきたから私はおどけて聞いた。

「なぁに、がっくん」
「10ペコあげるのかと思った」
「あぁ、うん、あげようと思ったけど」
「けど?」
「そんなんじゃ、さぁ、意味なくね?みたいな?」
「ちょっとは笑ってくれんじゃね?」
「うーん。こんなんゴミだし」
「認めんなよ」

 岳人が笑う。実際ゴミだ、とポケットに入れたままの手で包み紙を握り潰した。珍しくて大切にしたってこんなもんだ、ぐしゃり。儚い。こんなの貰ったって嬉しいかな、と考えたら亮のことだから「くだんねぇ」と笑っても嬉しくはならない気もした。もし私が貰ったら何となく嬉しくなるかもしれないけど、私と亮は違うし。

「お、ヒヨッコじゃん」
「…こんにちは」
「若、これあげる」
「ヒヨッコにあげんのかよ」
「ゴミじゃないですか」
「10ペコだよ。珍しくていいやつなんだよ」
「何がいいんですか」
「…分かんないけど」
「いりません」
「いやいや、持っといて損はないよ?」
「くだらないです」
「いやいや、今日なら亮に下克上できるって」
「はぁ?」
「お前最悪だな」

 不信感丸出しな顔をする若を置いて、私と岳人はコートに向かう。ジローはラケットを見つけたらしく、亮の真似をしていた。私は空っぽになったポケットに再び両手を突っ込む。

「今日は亮と若が熱いぜ。ま、亮もテニスしてたら忘れるよ」
「…それもそうか」
「そうそう。亮は元気になるし若のモチベーションも上がって跡部の機嫌も良くなる、一石三鳥」

 私たちは亮の幼なじみだけど完璧に支えたりはできない。ちょっと手伝うだけだ。でもそれくらい手伝うだけでも亮のためになるなら嬉しいと思う。やっぱり元気でいてもらいたいものだ。
 跡部たちのところに行くと、私たちを見つけた忍足が声を出す。

「岳人、試合するでー。んでナマエはポケットが手ぇ出し」
「「うーい」」

 その日、若は結局亮に負けた。帰る頃にはいつも通りの亮で、ポケットに手を入れてたら怒られた。やっぱりテニスが一番だな、うん。

100309

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