「ああああああ手が氷のようやあああ」

 学校の水道で洗濯をした。最早感覚がない指をさすって、大げさに言いながらコートに戻れば謙也が片手を差し出してきたからその手を両手で包むように掴んだ。

「ぎゃあ!氷のようや!」
「食らえマネージャーブリザード!」
「アホかっ」

 ふざけながら笑い、謙也がもう片方の手で私の手を包んでくれた。そしてあれよあれよと謙也の右手が私の左手を、謙也の左手が私の右手を掴んで体温を分けてくれる形になった。謙也の体温がじわじわ私の両手を溶かしていくような感覚がして気持ちいい。しかしながら向かい合って両手を握っているような私たちの姿は多分滑稽だろう、寒いカップルかっちゅー話や。

「謙也あったかいわぁ〜」
「心が優しいからな」
「謙也ぁー!」
「金ちゃん」
「白石が呼んどるで!」
「お、ほんまか。ほな金ちゃん交代や、ナマエの手ぇ暖めたって」
「ナマエの手?こうか?わ!ごっつ冷たいやん!」
「金ちゃんあったか!謙也なんか足元にも及ばんわ!」
「暖めたるでー!」
「痛い痛い痛いっ!」

 謙也がすでにいないのをいいことに言えば、金ちゃんは張り切ったように私の手をぎゅうっと握ったから思わず叫んでしまった。私の叫びに金ちゃんは「すまんすまん」と笑う。可愛いし暖かいから許したろう。

「何しとっと?」
「おう千歳」
「ナマエの手がごっつ冷たいから暖めてんねん!」
「ははは、小さいの揃ってむぞらしかねー」
「せやろ?」
「金太郎ー!」
「なんや謙也ー!」
「お前も試合やてー!」
「よっしゃ!ほな千歳にバトンタッチや!早よう!」

 金ちゃんは私の両手を掴んだまま千歳を急かす。はいはい、と笑いながら千歳が両手を広げてやってくると「せーのっ」と一瞬で入れ替わった。そんな切羽詰まらんでも、と笑えた。

「試合やぁー!」
「行ってらっしゃーい」
「金ちゃん元気やね」
「せやな。ってか千歳手ぇでかっ」
「ん?」

 私の手を軽々と包むくらいの大きな手に思わずドキッとした。男の子や!とドキドキしてしまう。

「男の子やけんね」
「うわーなんやドキドキしてまうわ」
「ナマエの手も柔らかいし小さか女の子たい」
「恥ずっ」

 サラッと思ったことを正直に言う千歳に手じゃなく顔が熱くなった。この男があんなに自由に生きても好かれているのはこの性格のおかげに違いない、と改めて思う。

「何やってんねんお前ら」
「白石、あたしら今カップルやない?」
「いや、巨人と小人」
「種族を越えた愛的な」
「それは純愛やな…!」
「やろ!」
「で、何しとん」
「ナマエの手が冷たかけん暖めとったい」
「あぁ、洗濯しとったからか。とりあえず千歳、オサムちゃんが呼んどるで」
「オサムちゃん?千歳叱られるんちゃうん」
「いや、職員室に踏み台があらへんて」
「道具か!」
「んじゃ白石に交代やね」
「ついでにオサムちゃんに部活来い言うとってや」
「了解」

 千歳の手が離れる。大きな存在が離れていくようでひゅっと冷たく寂しくなった手を、「ほな」と白石が包んだ。

「わ、ほんま冷たいわ」
「白石…手すべすべやん…しかも白っ!うざっ!包帯うっとい!」
「文句ばかり言うてから」
「チェンジやチェンジ!ぎーん!銀さーん!」
「何やねんな〜。あと銀は委員会でまだ来てへんで」
「小石川健ちゃ〜ん!」
「どこまで嫌やねん」
「ほんまアンタとおるとコンプレックス刺激されるわ」
「どないした?」

 大声で呼んだ健ちゃんがやってくる。そして手を繋いでいる私たちを見て「何してんねん」と苦笑して言った。

「私の手を暖めてるんやけどな、白石の手が綺麗すぎてコンプレックスが刺激されるから健ちゃん代わりに暖めてぇな」
「俺が?」
「ほな交代な」

 そう言って白石が私の手を話すから健ちゃんは「こうか?」と大きくて無骨な手で私の手を包んでくれた。千歳とはまた違って、男らしい感じがして暖かいし落ち着く。幼馴染やから昔から知っとるけど、いつの間にこんなおとんみたいになったんやろ。

「うわ、冷たいな」
「な?」
「せやねん、冷え症辛いわー」
「冷え症っちゅーか、頑張ってくれとるんやろ」

 笑いながら白石がそう言ったから思わず「えへぇ?」と変な返事をしてしまった。急にきっぱりと褒められたからある種の照れ隠しだった。そんな私にツッコミもせず、白石は続ける。

「いつもこんな手ぇ冷たくなるまで頑張ってくれてありがとうな」
「おぉ、せやな。ナマエがおらへんかったらほんま困るわ」
「……」

 正直言って嬉しかったが、この言葉に「みんなが頑張っとるから私も頑張れるし、楽しいし、好きやねん。こっちこそありがとうな」と返せるほど私は素直ではなかった。だから、いつも何かとこうやってストレートにお礼を言ってくれる白石にやっぱりコンプレックスを刺激される。

「そらどーも。もうほんまコンプレックス刺激されるからあっち行ってや白石」
「はいはい、二年生でも見てくるわ。ほなナマエよろしゅうな」
「おう」

 白石は健ちゃんに言うと、いつも通り背筋を伸ばして二年生が練習しているコートに向かって行った。そんな白石を見つめつつ、健ちゃんに愚痴のように呟く。

「…私可愛ないなぁ」
「やっぱりそのことか」

 健ちゃんはさっき言った「コンプレックスが刺激される」発言の中身が分かっていたみたいだった。素直じゃないのは昔からで、健ちゃんはそれを知っているしだからこそ他の奴らにはこんな愚痴を吐けないけど健ちゃんには言えた。健ちゃんバカにしたりせぇへんし。

「ま、白石もお前のそういうとこ分かっとるやろ」
「冗談なら返せるんやけど…」
「みんなお前にありがとうって言いたいだけや、返事はどんなんでもええねんで」
「…健ちゃん」
「ん?」
「ありがとう。…ってみんなに遠まわしに言っといて」
「おう」

 健ちゃんはにかっと笑ってくれた。手の感覚がもう冷たいのか暖かいのかも分からなくなってきて、とにかく、私は幸せもんやなぁと体の底から感じたから寒さなんかへっちゃらになった。


20120206


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