「千歳くん、これ次の試合のプリント。見とってな」
「おぉ、ありがとさん」

 部長という役柄か、口うるさい女姉妹に挟まれて育ったからか、つい周りに目を配ってしまう俺はとある疑問に包まれていた。マネージャーのナマエと九州から転校してきた千歳のことである。まぁ、言うたらナマエのことや。
 ナマエは生まれも育ちも大阪で、かしましいし人見知りもしない奴だった。一年のとき、初対面の俺に対して「何やその肌!女子か!」と第一声に言ったことを今でも覚えている。根に持っているわけではないが、女子かと言われたことは少し嫌だった。という話ではなく、ナマエは初対面だろうが女子だろうが男子だろうが遠慮なしに絡む奴のはずだった。そう、千歳以外には、という話だ。
 ナマエは千歳のことを千歳くんと呼ぶし、俺たちにやるようにアホな絡みをしない。千歳が九州人だからかと最初は思っていたが、最近は少し違う見方になった。もし俺の見解が合っていれば非常にエクスタシーな展開である。

「白石、千歳くんどないする?」

 千歳が部活にやってこない日、必ずと言っていいほどナマエがそう言ってくる。私が探しに行こか?と。
 いつも通り、ほなお願いするわと答えようとすると部室からぞろぞろと三年たちがやってきた。謙也が「千歳はもうちょい待っといてやれ」と言い、小春たちがニヤニヤとしてから「何でや」と言うと謙也が笑う。

「呼び出しされとったんや」
「あいつ何したんや」
「ちゃうちゃう、女子から」
「えっ」

 驚いたようにナマエが呟くが、小春の声でそれはかき消された。

「しかもその子、千歳くんに告白するん二回目やって」
「罪な男やな〜」

 楽しそうな小春とユウジに、こいつらナマエのこと気づいてへんのやろなぁと思った。まぁ確かに「千歳くん」なんて呼び方だけで判断はできんけど、俺からしてみれば、どうにも。ちらりとナマエを見れば、ナマエは少し残念そうな顔でため息をつくように呟いた。

「千歳くん、かっこええもんなぁ…」

 は、とユウジが固まる。というかみんなが固まった。もう一度言うが、ナマエは俺たちにアホな絡みをよくする。つまり俺たちのようなアホであり、そんなナマエがこんなことを言うなんて珍しい、いや、初めてかもしれなかった。「かっこいい」という言葉も「イケメンやん!」とか「かっこええわぁ!」とか大声で茶化すように言うので、こんなに感情を込めた呟きは聞いたことがない。まさに俺が想像していたエクスタシーな展開。
 固まった俺たちはナマエの表情を見てからお互いに視線を交わす。これはあれやな、ちょっと落ち着かなあかん。

「男集合!」
「え、何それ、私は?」
「男だけや、ナマエは向こうで仕事しとってくれ」
「何でやねん」
「何でもや」
「…はいよ」

 千歳が告白されていることがよっぽど気になるのか、ナマエは素直に大人しくベンチに向かって行った。集まって円になった俺たちの中で、せっかちな謙也が一番に口を開く。

「あいつ千歳が好きなん!?」
「し!でかい声で言うなや!」
「大丈夫よ、あれは聞こえてへんわ」

 ユウジの言葉に、ナマエに視線を向けた小春が言った。やっぱりこいつらは気づいてなかったらしく、変なテンションが漂う。

「考えたらナマエが千歳に絡んだことあんまないな…」
「せやな…うわぁああ」
「ええかお前ら、気づいてへんふりやで」
「いやそれはそうやけど…」
「気ぃつけや、謙也」
「ユウジも肝心なとこでテンパるやろが」
「協力したいわぁ。千歳くんはナマエちゃんのことどう思てんのやろ?」
「さぁ、あいつ分からんからなぁ…」

 俺が呟くと、確かに…という空気が流れて静かになった。すると少し上から声が聞こえる。

「何の話しとっと?」
「千歳!」
「ナマエちゃんが男集合て言うとったけん」
「ナマエ、ナマエね」
「アホ、ユウジ!」
「謙也もや」
「ナマエちゃんの話しとったと?」

 大阪人の性か、ついこういうことをやってしまう。新喜劇のように「別にナマエが千歳のことを好きやっちゅー話をしとったわけでは!」とかいう流れをしなくて本当に良かったと思った。とにかくどうにか話をそらしたい、と口を開こうとすると小春が声を張り上げた。

「いやね、ナマエちゃん可愛なったなぁて話を」

 小春はどうしてもナマエに力を貸したいらしい。は!?という謙也とユウジの顔をスルーし、マネージャーのために俺も小春に乗ることにし、小春に頷いた。

「あぁ、ナマエちゃんはむぞらしかね」
「!」

 まさか!という空気が流れたが、千歳の言い方はあまりにも軽く、先日金太郎に「金ちゃんはむぞらしかね〜」と言っていたのを思い出す。本気なのか嘘なのか、ほんまに読めへん男や。小春もそう感じたのか「そういえば」と思い出したように話を変える。

「呼び出しされたんやろ?どないしたん?」
「ありゃ、バレとったと?」
「あたしらの情報網なめたらあかんで〜」
「断ったんかいな?」
「まぁ、なぁ」
「やっぱり好きな子とかおるん?」
「んー?」
「九州に残してきた女の子とかおったりして!」
「ははは、それはなかよ」

 完璧にはぐらかす流れだった。こうなると千歳から聞き出すことはほぼ不可能だろう。そう判断したのか、ちらりと小春がこっちを見てきた。謙也がうずうずしているのも把握できたし、そろそろ切らなければ危険なことになると判断してパンパンと手を叩く。

「ほなお喋りはこの辺にして練習しましょか」
「おぉ、せやな」
「千歳はランニングからやで。小春とユウジもやな」
「は〜いっ」
「謙也もやろ」
「俺ら六時間目体育やってん」
「まじか、ええなソレ」

 ほな行ってきまーす、と走っていく小春たちを見送って、謙也を光が練習しているコートに入れた。ふとナマエを見るとナマエの視線は明らかに千歳に向いていて、たまにこういうのを見るとやっぱり、こう、変な気分やなぁとなぜかため息をつきたくなった。くっついてくれたらええのに。うん、みんな嬉しいやろな、くっついたら。

 サーブの練習をしていたらランニングを終えた小春とユウジがニヤニヤしながらやってくる。「どないしたん?」と聞けば二人で手でハートを作ってこう言った。

「今日からキューピット大作戦や!」

 えっ。
 ぱっ、とユウジたちの後ろを通る千歳を見れば、千歳は「頼んます」と笑った。思わず笑って、呟いた。

「んーっエクスタシー!」


20110919

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