一つ年上のマネージャー、ナマエさんは何とも不思議な人だった。先輩たちと仲が良かったにも関わらず、跡部が現れて跡部が部長になって跡部が中心の部活になったことに何の反論もしなかったのだ。跡部と真面目に練習内容を語ったり、時にはからかったりと跡部を受け入れていた。
 当時の俺は跡部に反発しまくりで、まぁ今従順かっつったらふざけんなバカという感じなんだが、とにかく跡部が気に食わなかった。

「宍戸は跡部が嫌いだねぇ」

 俺と跡部がもはや恒例となった口喧嘩をした後、ナマエさんが嬉しそうに笑った。跡部は確かに気に食わないが、強いし大体の言っていることは理にかなっていて同意もできることが最近少し分かってきた俺は、今まで反発していた分なんだか気恥ずかしくてナマエさんを睨んで「だからなんっすか」と答えた。
 まだナマエさんの方が少し背が高く、少ししか違わないのにすごく上から見られてる気がしていい気分ではない。

「いや、いい関係になれるよ」
「は?」
「だってあんなに言いたいこと言えるんだもん。みんなは跡部が好き勝手やってる、って言うけど実際ちゃんと人の意見は聞くもんね。その意見が通るかは別として」
「…」

 いい関係になれる、ということは置いといてナマエさんのいう跡部は確かに頷けた。俺や岳人が何か言えば跡部は聞くし、受け入れてくれたこともある。あのとき、岳人がふと「いい奴かも」と言ったのに対して忍足は「部長っちゅー感じやな」と言った。年齢なんざ関係ねぇ、とテニス部にやってきた跡部を思い出して納得しそうになった。ただ俺は奴が気に食わないので、先週ゲームをして負けた俺にボロクソ言ってきたのを思い出してそれを追い払った。やっぱり気に食わない。

「…部長が引きずり落とされて嫌じゃなかったんすか?」

 部長、という単語で思い出したことを思わず聞いてしまったらナマエさんはきょとんとして「部長?あ、前のね」と笑った。確かに今は跡部が部長だ。

「そりゃ跡部がただの俺様だったら辞めてたかもね。でも跡部が部のことをちゃんと考えてることがわかっちゃったからな〜」
「…」
「仕事も増えたけどやりがいがあったりしてね〜こんな熱血じゃないと思ってたんだけどなぁ、私」
「そっすね」
「おい」
「いてっ」

 ナマエさんが俺の頭をふざけて叩いた。でも今の方が話しかけやすいとも言おうとしたのが遮られて良かったと思う。ナマエさんが「生意気な」と笑っていると岳人がやってきた。

「ナマエさーん、跡部が呼んでる」
「はいはい」
「あとジロー知らねぇっすか?」
「知らねーっすね。探しとこうか?」
「あ、じゃあ」
「了解。じゃねー」

 へらへらと笑いひらひらと手を振ってナマエさんは駆けて行った。

「ナマエさんと何話してんだ?」
「跡部のこととか」
「あ、跡部といえば今日焼き肉行くってよ」
「まじかよ」

 岳人につられて笑って、はたとナマエさんが「いい関係になれるよ」と言っていたのを思い出した。おい、何笑ってんだ俺。

「どうした、亮」

 複雑な顔をしていたのか、岳人が変な顔で俺を見てきた。…いや、別に、いい関係になりたくないわけじゃねぇっつーか、っつーかそもそもいい関係ってなんだ。


 昨日ナマエさんから一斉送信で『明日お邪魔するからもてなしてね☆』というメールが来た上に跡部が「焼き肉行くか」と言ったからか、今まで思い出したこともなかったことを思い出した。「よっしゃ焼き肉!」「ええな〜」と喜ぶジローや岳人や忍足、嬉しそうな長太郎に、文句を言いながらも何だかんだついて来る若を見ながら考える。
 いい関係、なんだろうか。今でもこいつらにムカつくことはあるし、あれば言うし喧嘩もする。ナマエさんがそれをいい関係だと表すのは勝手だが俺からしてみれば別にいい関係でも何でもない、これが俺らだと思うくらいだ。

「跡部、ナマエさんはどうすんだ」
「あぁ。さっきメール来てたんだがな」
「相変わらずマイペースな人やなぁ」
「あの人の考えることよく分かんねえからな」
「岳人よく膝かっくんされてたよね〜機嫌悪いときでも」
「ほんま、なだめるの大変やったで」

 軽い昔話に笑った。あんな人だったからこそ跡部を受け入れることができて、俺たちを支えてくれることができたんだろう。ナマエさんが引退してからマネージャーがいなくなり、仕事の面はもちろんだがその存在は確かに大きかったと思う。もちろん誰一人そんなことは口にしない。可愛くねぇ後輩だよな、と思うがナマエさんが俺ら後輩にしてきたことを今俺たちは後輩にできてると思うからそこは評価してほしいというか、そこを分かってくれればいいと思う。
 とりあえずメールしとくか、と跡部が携帯を操作し始めると部室のドアが少し開いた。その隙間からナマエさんが顔を覗かせている。みんながナマエさんを見てるにも関わらず何も反応しないから思わず呟いた。

「…何してんスか」
「久しぶり」

 よっ、と手を上げてナマエさんは何事もなかったかのように入ってくる。久しぶりに会ったナマエさんは最後に会ったときより背が低かった。つまり俺もまだ背が伸びているのだ。ちなみに二年の中頃に俺たちはみんなナマエさんの身長を超えている。
 お疲れ様っす、と挨拶をする俺たちにナマエさんはお疲れ様〜と言いながら笑った。

「いやー、先生たちと話してたらいつの間にか時間たっててさ。もうみんな帰ってるかと思ってたけど」
「これから焼き肉に行くんっすよ!」
「まじ?」
「ナマエさんも行くでしょう?」
「さすが跡部!」
「わ、跡部の敬語久しぶりに聞いた気がする」
「アーン?」
「最近監督来ないの?」
「ピアノのコンクールがあるらしくて。だよな、長太郎」
「はい、皆さんコンクールに向けて監督に指導してもらってるんです」
「へー。ってか長太郎また大きくなったね!」

 ナマエさんは長太郎に近づいてバンバンと長太郎の背中を叩いた。長太郎は苦笑い、ナマエさんの腕は細いとはいえなぜかあの叩きは痛いからだ。俺たちも一年のときから何度叩かれて顔を歪めたことか。そりゃ回数を追うごとに俺たちもでかくなって耐えきれるようにはなったが、それでもやっぱり痛かった。多分今でも痛い。

「ま、みんなおっきくなってるみたいで安心したよ。向日もジローも伸びたね」
「まじっすか!」
「あざす」
「うん、体もできてるみたいだし。あんなに小さくてひょろひょろだったのにね〜」
「それはどうも」

 ナマエさんの台詞に跡部がそう答えた。ナマエさんはあの頃から少し背が伸びて髪型が変わったくらいであまり変わらない。まぁ実際は俺が気づかないだけで写真とかみればだいぶ変わってるんだろうな。

「とりあえず焼き肉行こ、私お腹空いちゃった」
「ほんま相変わらずのマイペースですなぁ」
「ほんまやで〜」
「真似せんといてください」
「真似せんといてます」
「勝てへんわ…」
「あれ、俺のラケットはー?」
「俺が入れといた」
「まじまじ?サンキュー岳人!」
「日吉!喋れ日吉!」
「歩きづらいんでくっつかないでください」
「生意気な子が多いんだから!」
「宍戸、そこの鍵とってくれ」
「おう」

 みんなが部室を出て行く中、跡部に言われて鍵を投げるとそれをなぜか偶然見ていたナマエさんと目が合った。流れから俺は跡部の前に出るべきだが、躊躇われて動きが止まる。「宍戸」早く行けと跡部に急かされてやっと動き、話しかけんなの意を込めて睨みつければ「何だよ」とハッと笑われた。ああもう、くそ、何だよって俺だって分かんねえよ、ナマエさんにこんなん見られるとなんか恥ずかしいんだよバカ。
 ナマエさんが若を掴んで立ち止まっていたからみんなが立ち止まっている。それに近づくと、ナマエさんにぐいっと手を掴まれた。

「両手に生意気!」
「別に生意気じゃ…」
「いやいや、いつもツンケンしてたじゃん。ねぇ?」
「ノーコメントで」
「忍足てめっ」
「可愛い後輩たちめ!」

 そう言ってくれることが嬉しく感じるあたり、俺たちはまだ彼女の後輩なんだろう。ふと見れば各々笑っていた。俺を含めて全員激ダサ。


20110918
氷帝三年生の敬語の不自然さが…

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