試合の内容がすごすぎてインパクトがやや薄れてしまったかもしれないが、全国大会準々決勝のシングルス1でのあの事故はある意味私のトラウマとなってしまった。試合中、照明がコートに落ちてきた事故のことだ。運良くコートの真ん中に落ちたが、跡部がネットに詰めているところだったら、その先は考えたくもない大惨事になっていただろう。あの大きな音も衝撃も、私は今でも夢に見る。負けたことじゃなく、もし跡部を失ったらと急に血の気が引くのだった。
 先に言っておくが私は跡部の彼女でも何でもない。更に言っておくが宍戸亮の彼女である。
 このトラウマを私は誰にも言ったことがない。もちろん亮にだって言ったことはないし、言ったとしても「あぁ、あの試合はすごかったな」とテニスバカが炸裂するだけなのは目に見えている。もしも跡部が、なんて話は彼らにとってみれば何の魅力もなくてあの日の試合が事実で結果で全てなのだ。
 だけど私は今日、長年のこのトラウマに似た気持ちを吐き出そうと思う。
 今日、跡部の結婚式である。

「そろそろ始まる時間やな」
「っつかいいのかよ、俺たち控え室に入れて」
「ジローのついでだ。こんなに近くで俺様の晴れ舞台を見れることを光栄に思えよ」
「へーへー」

 あまり似合わないスーツを着た亮はタキシードに身を包んだ跡部に嫌そうな顔をしてそう言った。それを見て忍足が「お前らは相変わらずやな」と笑う。忍足に会うのは久しぶりなので「でしょ」と私も笑った。

「跡部、お嫁さん見に行ったの?」
「あぁ」
「綺麗だった?」
「愚問だな」
「ですね」
「俺も見たいな〜」
「お前な…」

 控え室に入ってみたいとわがままを言ったジローもそれに呆れる岳人も相変わらずで、ふと見れば忍足はやっぱり居心地の良さそうな顔で笑って、呟いた。

「やっぱり跡部が一番やったな、結婚」
「ね。一番長いのは若たちだけど。まだなの?」
「…ナマエさんこそ」
「あーあ、デリケートなとこ」
「逆に傷つくからやめてー岳人」
「っせぇな、今俺らはどうでもいいだろ!」
「何はともあれおめでとうございます、跡部さん」
「あぁ」

 長太郎のお祝いに満足そうに笑う跡部を嬉しく思った。今ここにいる幸せそうな跡部を見れるのは、運良く照明がコートの真ん中に落ちたからだと考えると余計に。こんな風に考えてしまうのはやっぱりネガティブなんだろうか。昔からこういうネガティブなところを亮に散々怒られるというのにいつまで経っても治らない。
 そんなことを考えながら跡部を見ていたからか目が合って、跡部は私に向かって「アーン?」と言った。久しぶりに会った忍足とこのタイミングで雑談し始めるフリーダムなみんなを確認し、私は跡部に呟く。

「…怒らない?」
「なんだよ」
「いや、あの、中学のときの、全国でさ」
「それがどうした」
「試合中に照明の事故があったでしょ?」
「…あぁ、そんなこともあったな」

 反応しづらかったのか忘れていたのか、よく分からないタイミングで返されて続けようか続けまいか迷った。けれど跡部が聞いてくれる態度につい口が開いてしまう。昔からそうだ、何だかんだ私の話をきちんと聞いてくれる部長だった。「あれがね…」と笑顔で言えているのか自分でも分からない。

「…跡部が生きてて良かったな、って」

 語尾が震えた。泣くつもりなんか一切なかったのに、「生きてて」と発音するとそれがとても強く響いて私の胸を揺らしたのだった。涙が出そうだ。
 そんな私に跡部は驚いた顔をして、固まった。珍しい。けどそんなのを見る余裕もなく涙を堪えるのに必死になって顔を俯かせた。
 あぁ、バカ、何やってんだ私、亮たちには絶対バレないようにしたい、と亮たちから少し顔を背けて顔を上げて何でもないふりをして跡部を見る。跡部は私を見て真剣な顔で小さく呟いた。

「…そうだな」

 本当に納得しているのかそうではないのか、よく分からなかったけれど「でしょ」と私は笑顔を作ってやっぱり顔を背ける。
 若の悪態に岳人が文句を言うのが聞こえた。ねぇ、みんな、よく考えてみてよ、跡部が生きてて良かったでしょ?跡部がいないなんて私たちもう考えられないでしょ?もう誰が欠けたってきっとそうなんだよ、私たちそういう風にやってきたんだよ。
 何だか悔しくヤケクソのように「ああもう、分かってないよみんな」と呟くと「バカばっかりだからな」と跡部が言った。軽い口調にやっぱり悔しくなって悪態をついた。

「跡部も分かってないっ」

 少し大きな声を出したからか、長太郎と目が合った。長太郎は私の表情に一瞬困ったような表情をしたから無理やり声をかける。

「ね、長太郎!」
「えっ?」
「バーカ」

 跡部が笑い、その声に岳人がこっちを見た。それに気づいたみんなもこっちを見る。なに、と呟けば岳人が意地悪そうに笑った。

「ブーケ貰えるように頼んでたんだろ」
「は!?」
「亮〜ナマエもそろそろ気にするって〜」
「違う!」
「ブーケはあいつに頼めよ」
「跡部は余計なこと言うな黙れ!」

 これ以上ブーケの話をしたくなくて、岳人の腕に軽くグーでパンチをした。そりゃ貰えるもんなら貰いたいけど!
 結婚したくないと言えば嘘だ。したい。とても。きっともう私は亮と結婚する以外選択肢はないのだろうと思うのだ。それは亮も同じじゃないかな、と思うくらいに。だから跡部の隣にいる綺麗お嫁さんを見て、やっぱり羨ましいなぁと呟いてしまいそうになるのだ。とっさに気づいて呟くのをやめるけど。でもブーケを期待するくらいはいいじゃないか。
 式のほとんどが終わって外に出て、跡部のお嫁さんの招待客なのか見知らぬ女の子たちがブーケを期待する姿を見て負けてられないなんて思う自分に少し恥ずかしくなった。そんなものに頼らなくたって!という自信さえ持ててたらなぁ。早くプロポーズしろバカ、という気持ちを込めて亮を見たら拍手をし出したから慌てて扉を見る。御利益がたっぷりありそうなブーケを引っさげて、跡部たちのお出ましだ。

「跡部おめでとー!」

 式の間は寝てたくせにいつの間にか起きてたジローが叫び、岳人や忍足たちも声をかけた。その姿に亮が可笑しそうに「激ダサ」と笑い、「おめでとさん」と少し大きめな声で言ったから私も「おめでとー!」と叫ぶ。私たちを見た跡部は「バーカ」と口だけ動かして笑って、お嫁さんと目を合わせて今度は幸せそうに笑った。跡部のあんな笑顔、私たちでもめったに見れないのに彼女はしょっちゅう見ているのだろう。ああ、もう、お幸せに!

「ナマエ!」

 言いようもない幸福感に浸っていたら跡部が私の名前を呼んで、固まってしまった。え、何?前の方にいる人たちが一斉に私の方を向き、思わず顔が赤くなる。いや本当に何?昔からだけどやることがいちいち派手すぎて!跡部のアホ!という気持ちになった。そんな私もつゆ知らず、跡部は凛々しく叫ぶ。

「受け取りやがれ!」

 私の声ではない、甲高いきゃあ!と言う声が響いた。「ナマエちゃんっ」と跡部のお嫁さんが精一杯こっちに向かってブーケを投げて「え、ちょ!」と高々と上がったブーケに私は戸惑う。

「わ、こっち来た来た!」
「バカ、空気読めジロー!」
「まったく…」

 反射的なのか、私より背の高く身軽なジローがブーケを取ろうとして岳人がそれを押さえ、若もため息をつきながらそれを手伝った。

「う、わ、っと!」

 おぉー!という歓声が上がる。私の腕の中にあるブーケを見て、周りの人たちが拍手をしてくれるから恥ずかしくてぎこちない笑いと共に頭を下げた。すると跡部がよく通る声で私に向かって言ってくる。

「次はお前の番だ。なぁ、宍戸?」

 だから、相変わらずやることが派手なんだってば。私の隣で跡部に向かって嫌そうな顔をする亮に向かって、宍戸?誰?あの人?なんていう周りの声がするから私が恥ずかしくなった。亮は舌打ちをして、息を吸い込む。

「余計なことしやがって、テメーは昔からよ!」

 あれ、余計なことしやがってってどっかで聞いたことあるな、ねぇあの時からダブルス組んでる長太郎、と視線を合わせれば長太郎が泣きそうな顔をしていたから慌てて「長太郎くんっ」と長太郎をポンポンと叩いた。そんな私も気にせず、亮は跡部に向かって言い放つ。

「言われなくても次は俺らだっつーの!」

 えっ。

「おっ」
「宍戸さん!」
「まじまじ公開プロポーズじゃん!恥ずかC〜!」
「ほんま恥ずかしいわ…」
「次のこいつらの結婚式じゃ若がやることになりそうだな」
「不参加でお願いします」
「ぶはっ」

 若の発言に思わず笑ってしまった。亮が今更恥ずかしくなったのか、八つ当たりのように若を怒り出す。跡部たちを見れば、笑いながらこっちを見ていたから「ありがとう!」と手を振った。手を振り返す幸せそうな二人にとても幸せで、きっと私もいつだって幸せなんだろうなと思う。
 やっぱり跡部が生きてて良かったよ、じゃないとこんな幸福感を味わえることはなかったと思うもん。でも言ってしまえば、亮も岳人もジローも忍足も若も長太郎も樺地も、とにかくみんながいてくれなきゃ今の幸せは成り立たないんだよね。うん、生きてて良かった。


20110915

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